2011年に49歳の若さでオムロンの代表取締役社長CEOに就任した山田義仁氏は、当時、創業から78年が経ち、堅実ではあっても成長力に陰りが見えていた「大企業」オムロンに、再びみずみずしい社会感度と、世界が求める〝ソーシャルニーズの創造〟に応える活力を吹き込むことに成功しつつある。
「いかなる環境においても、みずからの力で成長することができる〝自走的〟成長構造の確立は道半ば」と語るも、これまでの打ち手と実績が大きな成果を上げていることへの自信も垣間見える。
立派な理念を唱える経営者は多いが、それを実現できる経営者は少ない。未来へのビジョンを掲げる会社は多いが、現場に「自走的成長構造」をつくり込める企業は、さらに少ない。
そんな中、10年にわたる長期経営ビジョンを具体化して現場に落とし込み、事業構造の転換と経営革新を同時並行で進めてきたのが、山田氏率いるオムロンだ。企業理念を社員挙げて実践する「共鳴するマネジメント」で、〝新しい日本的経営〟ともいえる一つのモデルをつくり上げるまでに進化してきた。
メガテクノロジーの大転換の時代に、経営者はどのような覚悟と方法論を持つべきか。AI時代の新たな闘い方の中身を存分に語ってもらった。
「企業理念」を実践する
社員参加型の仕組み
編集部(以下青文字):先日、企業理念実践を加速させる取り組み「TOGA(注1)」を見学させていただきました。企業理念を現場に浸透させ、実践することは簡単ではありません。
ですが、TOGAの仕組みならば可能ではないかと思えました。企業理念に則した新しい価値創出、ソーシャルニーズ創造の実践と成果をプレゼンし、オープンな場で社員が質疑してその取り組みに共感、共鳴し、みんなで応援する。自由闊達で愉しい、チーム型の「共感経営」に成功しているようです。これは山田さんの発想ですか。
山田(以下略):マネジメントチームで議論を重ね、実践する中で進化させてきました。私が社長になったのは2011年、TOGAは翌年の2012年からスタートしました。もともと業績貢献を表彰する制度があって、ヒット商品や素晴らしい特許といった過去の業績を表彰していたのですが、もっと動的にしたかったのです。過去ではなく、現在そして未来に向けたチャレンジを奨励し支援する。そのチャレンジに対し社員みんなで称え合い、共鳴していくことをやろうと始めました。
TOGAでは、徹底的に「現場での企業理念の浸透」(注2)にこだわっています。自主的にチームを結成してチャレンジを宣言、1年かけて実践し、優秀事例を表彰します。理念実践へのチャレンジ度合いで評価し、選考プロセスも見える化しています。地区大会を経てグローバル大会へという勝ち上がり方式でやっていて、今年(2018年)で6年目。3年目くらいから独自の進化を遂げ、びっくりするような盛り上がりを見せるまでになってきています。
強制ではありませんので、1年目は約2万人の参加者で2481テーマでしたが、いろんな提案もあってTOGAの仕組み自体もどんどん進化してきました。現在は一人で複数のチームにエントリーする社員もいて、2017年は社員数3万6000人を超える5万1093人の参加者で、6216テーマにまで増加。オムロンの「企業理念経営」に欠かせない活動になりました。
(注1)TOGAはThe Omron Global Awardsの略。「企業理念の実践にチャレンジし続ける風土」を醸成するために、海外を含めたオムロングループ全社で1年間かけて実行し、プロセスと成果を表彰する仕組み。
(注2)オムロンの企業理念は、社憲と3つの価値観から構成。「社憲:われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」「価値観:①ソーシャルニーズの創造 ②絶えざるチャレンジ ③人間性の尊重」
各現場でのチャレンジを全員で共有できる仕組みですね。チャレンジといえば今年、世界最大の家電ショーCESにオムロングループとして初出展。卓球ロボット「フォルフェウス」が話題を集めました。グーグルやアマゾン・ドットコムがAI技術を誇示する中で、オムロン流の新しい闘い方を象徴しているようでした。
昨年はドイツのハノーバーメッセ(世界最大の産業見本市)、今年は日本のCEATEC(アジア最大級のIT・エレクトロニクスの国際展示会)、アメリカのCESにも出展したのですが、目的はオムロンが考える「人と機械の融和」による製造現場革新を、わかりやすく広くアピールすることです。
卓球ロボットも年々進化していて、もう4代目。使われているビジョンセンサーやコントローラーは、FAの現場で実際に活用されている汎用品です。センサーで相手のフォームやボールの回転数・速度などを監視し、コントローラーですぐに制御して、ロボットがラケットを動かします。これは生産現場の自動化と同じ仕組みです。アプリケーションソフトは自社開発し、コントローラーの中にAIの機能も入れてデータを蓄積し、人間と協調できるロボットに仕上げています。
「人と協調するロボット」というコンセプトは欧米では珍しく、我々は「ロボットは人間の仕事を奪うのではなく、人と協調して人間の可能性を引き出し、新しい価値をつくり出す」ことを提案したかった。そこがすごく受け入れられたようです。
オムロンもそうですが、日本の製造業はよいモノを「つくる」ことには熱心ですが、これからは「伝える」ことにも創意と熱意を注がないといけません。わかりやすく明確なコンセプトで、発信するようにしています。