ひたむきな社会貢献への思いと
その現れとしての安楽死

 林さんのFacebookアカウントの自己紹介によれば、出身校は、「同志社大学」「Academy of Art University, San Francisco」「City College of New York School of Architecture」となっている。ただし、誰でも読める状態で公開されている投稿はない。

 報道によれば、林さんは同志社大学を卒業した後に百貨店に勤務していた。その後、建築家を志して米国に留学し、帰国後は東京の設計事務所で働いていたということだ。自分の意志で自分のキャリアを切り開いていった、たくましい人物像が浮かび上がる。ツイートやブログを読んでも、その印象は変わらない。

 林さんがツイッターでの投稿を開始した2018年5月は、「ツイートも視線入力のパソコンを使ってるのですごく時間がかかる。もっと言いたいこといっぱいあるのに」(2018年5月3日)と嘆く場面もあるが、テニスの全仏オープンを観戦して「全てを賭けて戦う姿には心打たれる。あんな風に生きたらどんなものが見えるんだろう?」(2018年5月31日)と感動を語っている。

 また、自分と同じ悩みを抱えた人々に対する関心と共感と配慮も示し続けている。大人の重度障害者が子どものように扱われているというツイートに「看護婦さんにも多いんだよね。幼児に話しかけてるの?と思う」と反応し(2018年5月31日)、「難病があろうが障害があろうが、一人の人間として尊重され、尊厳をもって扱われなくてはならないはずだ」「介助者や医療従事者が、障害者や高齢者や患者に対して、上から目線のパターナリズムを発揮するのは暴力」と読み取れるメッセージを発している。林さんのツイートからは、「社会的に意義ある存在でいたい」という願いが伝わってくる。

 林さんは、自分が安楽死することに社会的意義を見出していたようでもある。そのことは、「私も安楽死を受けられることになれば、記録を残して公開したい。同じ願いを持つ患者さんに希望を与えたい」(2018年5月10日)というツイートから読み取れる。「安楽生」「尊厳生」といった方向性は見られない。