誰もがすぐに真似できる「伝え方の技術」をまとめた、佐々木圭一氏のベストセラー『伝え方が9割』。2013年の発売以来、右肩上がりで売れ続け、後に発売された、『伝え方が9割②』『まんがでわかる伝え方が9割』『まんがでわかる伝え方が9割 強いコトバ』と併せてシリーズ143万部を突破しています。そしてこのほど、『伝え方が9割』単独で100万部突破を成し遂げました。『伝え方が9割』は発売直後から好調でしたが、人気に火が付き、爆発的に売れたタイミングがありました。どんなきっかけで、一気に人気を博したのか、著者の佐々木氏に編集担当の土江がインタビューしました。(構成・伊藤理子 撮影・小原孝博)

人気のうねりが、7年間ずっと続いている

──『伝え方が9割』は初速から好調でしたが、メディアで紹介されるようになってどんどん読者層が広がり、加速度的に売れるようになっていきましたね。

佐々木 ありがたいことですね。初めは30代、40代の男性ビジネスパーソンが中心でしたが、徐々に働く女性層にも広がって。

――そのうち思いもよらないさまざまなメディアから取材依頼が来るようになりました。例えば、主婦の方向けの雑誌だったり、シニアや学生向けだったり。

佐々木 当時は僕、会社員でした。ふつうの会社員が雑誌の取材を受けたり、テレビに呼ばれたりするんですから、何だか自分のことじゃないみたいで、初めの頃はフワフワしていました。

――でも、取材を引き受けるたびに、ターゲット読者ごとのリアルな悩みをどう解決できるか、一つひとつ、一生懸命考えていましたよね。例えば主婦向けの雑誌だったら、「夏休みに旦那さんの実家に帰りたくないけれど、どう伝えたらいいか」なんていう悩みがある。どう伝えるのがベストなのか、毎回真剣勝負で臨んでおられたのが印象的でした。

佐々木 伝え方で悩んでいる人がこんなにいるんだと驚きました。逆に実家のお義母さんからすれば、「孫に来てもらえるようにするための、伝える技術」が必要なわけです。世代とか、置かれた立場ごとに「伝え方」の悩みがたくさんあることに、改めて気づかされました。

いろいろなメディアに一気に出させていただきました。「今は全力を尽くす時期だ」と腹を決めて、たくさんのメディアに出させていただきました。土江さんにも、たくさん時間をいただきましたよね。明日の取材のために、いろいろな伝え方を用意するという作業を毎日のように行って…。

――多くの本は3ヵ月間くらいに集中してプロモーションをすることが多いと思います。だから、「この3ヵ月間は一緒に精一杯頑張りましょう!」とお伝えしたのですが、結局それが今までずっと、7年間続いている。すごい本だなと改めて思います。

佐々木 運に恵まれていると思います。発売後2、3ヵ月ぐらいの、まだそこまで知名度が上がっていないときに大阪のバラエティー番組に呼ばれましたよね。

――そうでした。人気番組の「ビーバップ!ハイヒール」(朝日放送テレビ)で『伝え方が9割』の特集をがっつり組んでいただいて、それに合わせて大阪で販促を掛けたら、大阪で爆発的に売れたんです。

佐々木 ちょっと想像してみてほしいんですけれど…普通の会社員である僕が、関西で人気の1時間番組に、メインゲストとして呼ばれるんです。それだけで頭が真っ白なのに、現場にはハイヒールのリンゴさんとモモコさんがいて、たむけんさんやブラマヨさんがいて…そんなトークの達人たちが並んでいる中に、「今日のゲストは佐々木圭一さんです!」と呼ばれて僕が出ていく…どんなに緊張するシーンか!

――しかも「伝え方のプロの先生です!」と大々的に紹介されて。

佐々木 事前に台本をいただけたので、何回も何回も読み込み、完全に暗記しました。こんなに台本を読み込んだのは、小学校のときに出た演劇以来というぐらいで、自宅で20回以上はシミュレーションしたと思います。「よし、これでもう完ぺきだ!」と自信を持って臨んだはずなのに…スタジオに入って、自分にライトがバーンと当たった瞬間、覚えたことが全部飛んでしまった。

――それは、大変です!

佐々木 必死で台本に集中していたら、急に「で、佐々木さんはどう思いますか?」と振られたのです。皆さんの話を聞いている余裕なんて、まったくありませんでしたから。伝え方の先生として来ている以上、本当は機転を利かして何か言わなければならないのに、結局何も思い浮かばなくて、正直に「すみません、聞いていませんでした」と言ったらスタジオ中が急にザワザワしたのを覚えています。

――収録後、あまりに佐々木さんが落ち込んでいるから、帰りの新幹線で「佐々木さん、大丈夫ですよ」と何度もお伝えしたこと、覚えてます。でも、番組的にはすごく盛り上がっていましたよ。

佐々木 編集で「ちょっとお茶目な先生」みたいに仕上げていただいて感謝しています(笑)。おかげで関西圏でも知名度がぐんと上がり、ありがたいことに発売後数ヵ月で販売部数は20万部を突破しました。5万部売れれば奇跡だと思っていたのに、一気に20万部です。おかげで独立という、あきらめかけていた夢を現実にすることができました。