農業の現場は課題が山積み。それでも日本の農業は、まだ「万策尽きた」わけではない。ただ、「農家を経営する」という考え方と、そのノウハウが共有されていない。
「自分の農園の何が問題なのかわからない」
「誰に聞いていいかわからない」
「変わりたいけど、どうしたらいいかわからない」
そんな悩みを抱える農業生産者の方々のために、今日からできて、すぐ効果が出る、小さな100の課題解決ドリル、『東大卒、農家の右腕になる。小さな経営改善ノウハウ100』が発売されます。やれることから1つずつ取り組むことで、農家の経営を確実に前に進める、はじめての「農家の経営ノウハウ集」です。
本記事では、本書の「はじめに」を全文公開します。(構成:編集部/今野良介)
農家の現場は、改善点の山だった。
2014年9月1日。私の阿部梨園でのインターン初日がはじまりました。1年の収穫量のうち約半数が一気にとれる幸水の収穫期間は最もハードで、収穫も出荷も接客もピーク、まさに繁忙期です。短期スタッフの出入りが多いタイミングなので、梨園の人も、きっと「また新人が来た」としか思わなかったのでしょう。これといった歓迎もありませんでした。
レインコートを着て朝から収穫をしていたみんなは疲れた様子で、男性スタッフは休憩室で煙草をスパスパ。話しかけづらい雰囲気が印象に残る、薄暗い雨の日でした。収穫・出荷・接客・電話応対・注文管理などが入り乱れ、まさにカオス。それでも、寝食を削って山場を乗り切ろうとしている最中とのことでした。事務所は雑然としていて、趣味の雑誌やら伝票の束やら物品やらが乱雑に積み上げられています。すべてが改善点の山に見えました。
代表の阿部は、このような状況を、後にこう表現しています。
「バスケットボールで言えば、オフェンスをしているか、ディフェンスをしているかすら、わからない状態」
「家業から事業へ」というスローガンを掲げ、気鋭の梨園の経営変革プロジェクトと聞かされて申し込んだはずの私は、少々面喰らっていました。インターンを募集するくらいなのだから、整った余裕のある農園で、色々用意してくれているだろうと想像していたからです。
それは私の勝手な思い込みでした。この変革以前の状況で、何ができるというのでしょう。インターンがなにかもよくわかっていなさそうな農園で、実りの少ない数ヵ月を過ごすことになってしまったら、何が残るのだろう。不安に思って阿部の顔を覗いてみると、緊張している様子にも見えました。
そんな折、休憩に出された試食の梨をつまんだときに、視野が明るくなりました。
「え、おいしい」
梨ってこんなにおいしかったんだっけ。大きくて、甘くて、みずみずしい。農家で直接とれたての梨を食べたのは初めてでした。私のその声を聞いて、阿部の話は止まらなくなりました。
なぜ大きい梨作りにこだわっているのか。
どれほど管理作業に工夫を施し、手間をかけてきたか。
わざわざ梨園に足を運んでくださるお客様に満足してもらえるよう、
どれだけの責任感を持って、妥協せず梨作りに打ち込んできたか。
先代から受け継いだ梨作りの良さを「守り」ながら、
自分の代でも新しいチャレンジを重ねて農園を「変えて」きたか。
曲がったことの多いこの世の中で、こちらが嬉しくなるほど、清々しく感じられました。そういえば、車で乗りつけて梨を買っていくお客様が、なかなか途切れません。しかも、贈答用で5箱も10箱も注文して帰っていきます。
それだけの価値があることを、お客様はわかっているんだ。だから、森に囲まれて目立たないこの農園に、ひっきりなしにお客様が来るんだ。大学の農学部で「大局」しか学ばなかった私にとって、すべてが新鮮で、手触り感がありました。こんなに熱意ある園主が、こんなにおいしい梨を作っていて、こんなにお客様に愛されている。それとは対照的に、無秩序な現場。このギャップはなんなんだろう。
「そうか。課題の山は、可能性の山なんだ」
そう気づきました。まだやっていないことがあるなら、やれば良くなるだけだ。課題が多ければ多いほど、成長の伸びしろがあるんだ。これはポテンシャルと言っていいのではないか。そう考えると、事務所も作業場も軒先直売所も、すべて宝の山に見えてきました。改善点も、ざらに100ヵ所は挙げられそうです。
そして、平均的な農家であれば、きっと、大なり小なり同じ状況だろう。梨園の課題は業界共通の課題かもしれない。ならば梨園が良くなれば、業界にも好影響を与えられるかもしれない。大学の教室からは見えなかった景色が広がって見えました。イノベーションや制度改革などという前に、膨大で明らかな「やり残し」が、現場にはある。
阿部さんと一緒に小さな経営改善をしよう。
果たして、この農園はどこまで変われるのだろう。
次に梨園に行くまでに、提案内容をまとめよう。
雲行きのあやしかったインターンが俄然、楽しみになって、私は机に向かいました。闘病と自分探しで何年もストライキしていた自分の心と頭が、再び回り始めた瞬間でした。まさかその後に、エンドレスな改善マラソンを続けることになるとも、「農家の右腕」と呼ばれて全国の愉快な生産者さんたちと一緒に課題解決を進めることになるとも、思いもしないで。
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はじめまして。「東大卒、畑に出ない農家の右腕」の佐川友彦です。
この度、私が上梓する『東大卒、農家の右腕になる。小さな経営改善ノウハウ100』という本は、私が阿部梨園という個人経営の梨農園で経験した、ユニークであろう知見をまとめたものです。あまり先行事例のない非常識な無茶だからこそ、業界や同業の農業者さんにとってお役に立てるものがあるのではないかと筆をとりました。
成り行きにまかせて「農家の右腕」を受任した結果、想像もしなかったような無数の新しい発見がありました。とにかく、「思い切って農業の現場に飛び込んでみたら、課題という名の巨大なポテンシャルがあり、同じ船に乗って荒波を乗り越えるうちに、課題が解決して希望が見えた」ということに尽きます。
昨今の日本の農業は、明るい話題が多くありません。高齢化が進み、担い手が減り、耕作放棄地は増え、食料自給率は地を這っています。しかし、現場に立って見渡せば、まだ改善できる余地が膨大にあり、自信をもって「万策は尽きていない」と言えます。
この「現場に立って見渡せば」が肝心です。本当に現場に降り立って、すべてを知り、心の底から気持ちを理解し、自分の人生すら預けることで見えてくる風景を体験した人は、どうやらそう多くないからです。不確実性の海に自分の人生を賭けてしまえば、うわべだけの一般論も、突き放すような批評も、他人事のような楽観も、すべて一瞬で視界から消え去ります。そんなものは生き残るためには不要で、何かをつかもうと必死に足掻くのみだからです。
この必死さが、人生も境遇も変えます。
本書ではまず、阿部梨園と私の経験をとおして、①必死になる希望と勇気をもっていただきたいです。次に、それが徒労に終わらないために、②正しく効果的な必死さとは何かをお伝えします。そして、本人だけでなく、行政やすべての事業者など、③業界全体として必死になる必要性も訴えたつもりです。
全員に火がついて何も起こらないほど、農業は絶望的な状況ではないと思っています。しかし、火が大きくならないままで将来が安泰なほどの余裕も、ないはずです。
また、阿部梨園から起こった小さな革命は、他業界他業種でも応用していただけるものがあると思っています。レガシー産業の旧態依然な硬直性、小規模事業だからこその未熟な経営体質、本当に必要な情報の過疎。それらは、どんな業界でも大なり小なり抱えている課題のはずです。
私たちの拙い事例が、産業の壁を超えて、一人でも多くの方のお役に立てれば幸いです。
「畑に出ない農家の右腕って、何をする人?」
「個人農家の経営改善って、どうすること?」
「農家の経営改善事例を公開するクラウドファンディングって、何?」
この長い記事をそっと閉じられてしまう前に、簡単に本書の内容をダイジェストします。