筆者は約40年間サラリーマンを務め、金融業界に長く身を置いてきた。そのため、直接ないしは間接的に印鑑(ハンコ)に関するさまざまなエピソードを見聞きしてきた。今や、行政やビジネスの手続きから除外されていく運命にあると思われる印鑑だが、その押す角度や判の直径が9ミリか11ミリかといったささいなことに、会社の文化や思いが込められていた。今回はそうした金融業界の印鑑にまつわる逸話をご覧に入れたい。(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)
印鑑と共にあったサラリーマン生活前半
金融業界ならではの思い出は数多い
筆者は、ざっと40年間サラリーマンであるが、サラリーマン生活の前半は印鑑と共にあった。ハンコを巡る思い出は数多い。
最初の就職先に入社した日の社内事務の多くに、シャチハタの印鑑を使用した。朝は出勤すると出勤簿にシャチハタを押印するところから一日が始まる。新入社員である筆者の世話役の女性社員(筆者の数歳年上)の押したシャチハタの印影を見て、「シャチハタも使い込むと貫禄が出ますね」と言ったところ、「今年の新人は可愛くない」という評判がチーム内に一斉に広まった。
素朴な感想を述べたのだったが、彼女の年齢を揶揄(やゆ)したように聞こえたのだろう。そういう気持ちが一切なかったわけでもないから、仕方がない。
社内の決裁文書には印鑑が使われた。投資案件を決済する投融資委員会の文書には12〜13個の印影が並んだ。決済に意見としては反対だが、形式的に賛成する場合には、逆さまにハンコを押す場合がある、と先輩社員から聞いていたが、実際に逆さまの印影は見たことがなかった気がする。