家康公の世界遺産にあやかりたい?
10年以上前からある「日光県」改名の声

 例えばイチゴは、これまではやはり近隣の大消費地である首都圏に出荷されることが多かったが、西日本での販路拡大を目指す。大阪センターを拠点として、大阪市内の百貨店や高級ホテルに栃木県産イチゴやこれを使ったスイーツの売り込みを図っているという。

 とはいえ、当然他県も大消費地での県産品のアピールにしのぎを削っており、「控えめ」「慎ましい」とも評される栃木県の県民性を考えれば、決して容易ではないだろう。

 認知度不足は実は10年以上前から県民の深い悩みだった。「『日光県』や『那須県』にするぐらい、思い切ったことをしないとだめだ」――。07年8月28日付朝日新聞朝刊には、栃木県大田原市の千保一夫市長(当時)が県幹部と県内市町村長との政策懇談会の場で「冗談と断りながら」放った、こんな大胆な発言が掲載されている。

 地元紙の下野新聞を見れば、同年の県議会議員選挙の候補者アンケートに「日光県など『改県』(改名?)すればイメージアップにつながると思う」との回答が書き込まれており、県内政界から示されていたこうした意向は、必ずしも冗談ばかりではなかったのではないか。

 実はかつて、「日光県」は実在した。現日光市は江戸時代、「天領」と呼ばれる徳川幕府の直轄地だったが、明治維新直後の廃藩置県によってこの地に置かれたのが「日光県」だったのだ。

 今さら県名を改めて「日光県宇都宮市」「日光県栃木市」ができることには抵抗もあるだろうが、都道府県間競争が激化する中で、「日光県」への“改名”構想が再び浮上する可能性は否定できない。家康公の認知度にあやかりたいところだろうか。