(1) 日本に引き続き5年以上住んでいること
(2) 20歳以上で、日本の法律を単独で履行することができる能力があること
(3) 素行が善良であること
(4) 経済的に安定した生活が営めること
(5) 日本国籍を取得したら前の国籍を捨てること
(6) 反社会的活動を企てていないこと
(7) 小学3年生以上の日本語能力があること

 この7つが最低限の帰化の条件となる。李の言う交通違反は(3)に反すると見なされるが、通常、違反から3年経過すれば不問に付されるようだ。その他、税金の滞納なども(3)に反するものとして厳しくチェックされるという。

自分を育ててくれた
歌舞伎町に本籍

 1回目の帰化申請は失敗したが、同時に入管に申請していた「永住許可」は無事に下り、その後は中国人として、日本での生活を続けてきた。

 そして1回目の帰化申請から18年たった2015年2月4日、2回目のチャレンジでついに申請は認められ、念願かなって「日本人」となった。李は語る。

「普通、申請から許可が下りるまで1年かかると言われているのに、私の場合、半年で通った。このとき私はすごく焦っていた。区議会選の投票日まで2カ月と迫っていて、このままでは立候補できなくなる。その頃は毎日、朝イチで法務省のホームページを見て官報をチェック。毎日ドキドキ、そわそわしてたんです」

 帰化が許可されると官報で氏名が発表される。李はそれを今か今かと待ち続け、ついに名前を見つけたときは、思わず鼻血が出たという。それほどうれしかったのだ。2回目の申請では、不安な点はなかったのか。

「たくさんあったよ。私は真面目なタイプの人間じゃないし、歌舞伎町という特殊な街の住人だったわけで、そう簡単じゃないとは思っていた。実際、トラブルも多かったし」