ライバルのトレーディング会社の多くは、この問題への対処法として、研究者らに殻に閉じこもって仕事をさせ、ときには互いに競わせることもあった。しかしシモンズは別の方法論にこだわった。〔ルネサンス・テクノロジーズのファンド〕メダリオンでは単一の一体的なトレーディングシステムを使うというやり方だ。お金を生み出すアルゴリズムのソースコードを、社内ネットワークですべて平文で読めるようにし、全社員がすべての行にフルアクセスできるようにしていた。最高幹部しかアクセスできないような箇所は一つもなく、誰でも試しにトレーディングシステムを修正して改良することができた。

 シモンズは、研究者たちが自分のプロジェクトを一人で抱え込むのでなく、互いにアイデアをやり取りすることを望んだ(しばらくのあいだは秘書たちもソースコードにフルアクセスできたが、最終的にそれは好ましくないということになった)。

 シモンズは並々ならぬオープンな企業文化を生み出した。社員たちは同僚のオフィスに立ち寄っては、何か提案をしたり共同研究を始めたりした。たとえ行き詰まっても、新たなプロジェクトに移ってしまうのでなく、情報を共有して助けを求めることで、有望なアイデアをシモンズいわく「無駄に」しないようにした。

 定期的にグループで集まっては、進展具合を細かく議論したり、シモンズの鋭い質問に対応したりした。ランチ時にはほとんどの社員が、近所のレストランに出前をしてもらって狭いランチルームに集まり、一緒にランチを食べた。シモンズは年に一度、社員たちを夫婦でエキゾチックなリゾート地へ招待し、仲間意識を深めさせた。

 気持ちを掻き立てる上では、仲間からのプレッシャーが大事だった。研究者やプログラマーたちは、かなりの時間をプレゼンテーションに費やした。同僚を感心させること、あるいは少なくとも同僚の前で恥をかかないことに情熱を燃やし、困難な問題に取り組んでは巧妙な方法を編み出すことに掻き立てられた。

「あまり前進していないとプレッシャーを感じた。そうして自尊心が揺さぶられた」とフライは言う。〔フライは、統計的アービトラージ戦略による株式取引のファンドを立ち上げた人物。のちに、そのファンドはメダリオンに吸収された〕