ルネサンスの元幹部は次のように言う。
「企業どうしは複雑な形で互いに結びついているのだから、そのような関係性は必ず存在する。その相互関連性はモデル化して精確に予測するのが難しいし、刻々と変化する。ルネサンス・テクノロジーズが開発したマシンは、この相互関連性をモデル化して、その振る舞いを時々刻々と追跡し、価格がそれらのモデルから外れたと思われたときに賭ける」
外部の人にはあまり理解されなかったが、本当の成功の鍵は、これらの要因や力をどのようにして残らず自動トレーディングシステムに組み込むかという、工学的な面にあった。ルネサンスは何千行ものソースコードに基づいて、ポジティブなシグナル(多くの場合は散発的な複数のシグナル)を示した株式を一定の数量買い、ネガティブなシグナルを示した株式を空売りした。
ある上級社員は次のように語る。
「この株が上がるだろうとか下がるだろうとか説明できるような、個別の賭けはしない。どの賭けも、ほかのすべての賭け、わが社のリスクプロファイル、そして、近い将来または遠い将来に予想される行動に基づいて決まる。それは巨大で複雑な最適化計算であって、その前提となっているのは、未来を十分に精確に予測すれば、その予測に基づいて儲けることができるし、リスクやコスト、影響や市場構造を十分に理解すれば、徹底的にてこ入れできるという考え方だ」
ルネサンスが何に賭けていたかと同じくらい重要なのが、どのように賭けていたかである。何か儲けにつながるシグナル、たとえばドルが午前9時から午前10時までに0.1パーセント値上がりするというシグナルを見つけても、時計の針がちょうど9時を指したときにドルを買ってしまったら、ほかの投資家に、その時刻になったら必ず値が動くということを悟られかねない。そこで、その1時間のあいだに、予測できないような形で買いを分散することで、トレーディングシグナルが失われないようにする。
メダリオンは、競争相手に悟られないよう値動きを「キャパシティーする」(内輪での呼び方)ことで、きわめて強いシグナルに基づくトレーディングをおこなう方法を編み出した。それはちょうど、ディスカウントストアのターゲットで売れ筋商品が大幅に値下げされると聞きつけて、開店直後にその値下げ商品を残らず買い占め、セールになったことを誰にも悟られないようにするようなものである。
「一つのシグナルに基づいて1年間トレーディングをしていても、わが社の取引のしかたを知らない人にとっては、そのシグナルはまったく違うように見える」とある内部関係者は言う。
シモンズはこの方法論のあらましを、2014年に韓国でおこなった講演の際に次のように説明した。
「機械学習の大規模活用ととらえることもできる。過去を調べた上で、いま何が起こっていて、それが将来に非ランダムな形でどのような影響を与えるかを理解するのだ」