1件の取引による収益はけっして大きくなかったし、予測が当たるのは2回に1回をわずかに上回るにすぎなかったが、それでも十分すぎるほどだった。

 マーサー〔ルネサンスで重要なブレイクスルーを成し遂げた人物〕はある友人に次のように語った。

「100回中50.75回しか当たらないが……、50.75回は100パーセント当たる。そうすれば億万長者になれる」

 会社のトレーディングの強みを詳しく明かそうとはしなかったようだ。それよりも強調したのは、同時におこなう何千件もの取引の中でわずかに優位に立ち、それを必要十分な規模で一貫しておこなうことで、莫大な収益を上げるという点だった。

 そのように確実に得られる収益を上げていくという発想が鍵だった。

 株式などの投資商品は、どんなに手慣れた投資家でも理解できないような多くの要因や力から影響を受ける。ふつうの投資家なら、たとえばグーグルの親会社であるアルファベットの株式の騰落を予測する際には、企業収益や金利のトレンドやアメリカ経済の健全性などを予想しようとする。あるいは、ネット検索やオンライン広告の将来性、テクノロジー産業全体の見通し、世界的企業の今後、さらには、収益や簿価などに関する指標や比率などを予想しようとする。

 だがルネサンスの社員たちは、投資商品に影響を与える要因はもっとたくさんあって、その中には容易には見つからないものや、ときには道理に合わないものもあるという結論に至った。そして、何百種類もの金融指標、ソーシャルメディアへの投稿、ネット上を流れるデータ量の指標など、定量化して検証できるほぼあらゆるものを分析評価することで、ほとんどの人はぎりぎり理解できないようなものも含め、数々の新たな要因を見つけ出した。

「そのような非効率性はすごく複雑で、市場の中にいわば暗号として隠されている。ルネサンス・テクノロジーズはそれを解読している。長い時間軸、さまざまなリスク要因、いくつものセクターや産業にわたって見つけている」とある社員は言う。

「何に賭けるか」と同じくらい重要な
「どのように賭けるか」

 さらに重要な点がある。ルネサンスは、それらのあらゆる力のあいだに確実な数学的関係性が存在すると結論づけたのだ。研究者たちはデータサイエンスを応用することで、さまざまな要因がどんなときに関わってくるか、互いにどのように関連しているか、どのような頻度で株式に影響をおよぼすかを、より深く把握できた。

 また、ほかの投資家が気づいていないか、または完全には理解していないような、さまざまな株式のあいだの微妙な数学的関係性(社内では「多次元アノマリー」と呼んでいる)を探り出しては検証した。