ウォール街で桁外れの利益を出し続ける謎のヘッジファンド「ルネサンス・テクノロジーズ」。創始者のジム・シモンズは、40歳で数学者からトレーダーに転身した。元数学教授のシモンズは、現代金融史上おそらくもっとも成功したトレーダーである。ルネサンスの屋台骨であるヘッジファンド、メダリオンは、1988年以降、年間平均66パーセントの収益率を上げ、運用収益は1000億ドルを超えている。ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロス、ピーター・リンチ、スティーブ・コーエン、レイ・ダリオですら手が届かない成績だ。なぜ、素人集団のルネサンスが市場で勝ち続けてきたのか。人間の感情を一切排除したアルゴリズム投資の裏で繰り広げられる、科学者たちの喜怒哀楽のドラマを描いた『最も賢い億万長者者 上巻・下巻』(グレゴリー・ザッカーマン 著/水谷淳 訳)の日本版が刊行された。これを記念して、内容の一部を公開しよう。
複雑化する
トレーディングシステム
ルネサンスの社員は約250人、博士は60人を超えていて、その中には、人工知能の専門家や量子物理学者、コンピュータ言語学者や統計学者や数論学者など、さまざまな分野の科学者や数学者も含まれていた。
見過ごされていた市場のパターンを特定する上では、込み入った大量のデータを精査して微かな現象の証拠を見つけるのに手慣れた天文学者が、とくに秀でていた。たとえばエリザベス・バートンは、ハーバード大学で博士号を取得して、ハワイなど何ヵ所かの望遠鏡を使って銀河の進化を研究したのちに、ルネサンスに入社した。
徐々に人材の多様性を増したルネサンスは、エルウィン・バーレカンプ〔メダリオン・ファンドの運用に携わったゲーム理論学者〕の教え子で量子コンピューティングの専門家であるジュリア・ケンプも雇った。
メダリオンはいまだに債券やコモディティや通貨の取引をおこなって、トレンドのシグナルや回帰予測シグナルに基づいて収益を上げており、その中でもとくに効果を発揮したのが、「デジャブ」というその名のとおりのシグナルだった。
しかし以前にも増して推進力となっていたのは、たとえばコカ・コーラ株を買ってペプシ株を売るといった単純な「ペアトレード」でなく、複雑なシグナルを組み合わせた込み入った株式取引だった。