文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。文春流のお付き合いをした2人の作家の姿を語る。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

恵まれない人へ
優しい視線を注ぐ宮部みゆき

宮部みゆきさん元文春編集者が語る、ベストセラー作家の条件とは(写真は2016年07月19日、第155回直木賞の選考を終え受賞作について記者会見する選考委員の宮部みゆきさん) Photo:JIJI

 私は文春でもノンフィクション畑なので、作家と長くお付き合いしたことはありません。ですから、ファンの方にお教えできるようなお話が少ないのですが、文春流のお付き合いができていた作家さんが何人かいらっしゃいます。

 宮部みゆきさんが、「オール読物推理小説新人賞」をとったのが1987年。そのころ定例会のように、週刊文春記者が宮部さんに世の中の出来事についてレクチャーするという時間をいただいていました。私がまだ週刊誌の書き手だったころの話です。

 21世紀に入ってからは、「文藝は文藝、記事は記事」というような分業がハッキリしてきましたが、当時のような習慣は作家によっては復活させてもいいのではないかと思います。

 さて、宮部さんに「週刊文春の特集でどんなものに興味がありますか?」と聞くと、新進ミステリー作家としては意外な答えが返ってきました。

 当時集中連載していた「美容整形の内幕」が好きだというのです。陪席していたオール読物の女性編集者が「宮部さん、可愛いのに整形なんてまったく必要ないじゃないですか」というと、宮部さん、ちょっとキッとした表情となり、こんな言葉を――。

「あなたのように一流大学を出て、有名出版社にいる人にはわからないと思います。私はかつて、OLのような仕事をしていました。部署では10人以上が女性で、男性は一握り。きれいな人にしか男性の目がいかないのが、よくわかるの」

……この視線が、宮部小説を永遠にベストセラーにし続けているように思います。

 順調に育った人にはわからない悩みや苦しみ。恵まれた人生ではない人への優しい視線。宮部作品にはその視点があふれています。