事業のグローバル展開を目指すスタートアップは少なくありませんが、グローバル市場での競争は熾烈です。スケールも、ゲームのルールも、国内市場とは異なる環境下で、なか成功事例が生まれていないのが実情です。スタートアップの海外展開の難しさと、成功に向けた糸口について考えます。

スタートアップが海外で事業展開するハードルの高さPhoto: Adobe Stock

成功事例なきスタートアップの海外展開

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回のテーマは、スタートアップの海外進出です。日本のマーケットが縮小していく中、スタートアップ経営者から、「海外に事業展開したい」といった話が出ることも少なくありません。本気で取り組むのであれば、それがどれ程難しいことなのか、知っておく必要はあるでしょう。

実際、ネットビジネスが勃興して以降、日本発のスタートアップが海外展開で成功したという確固たる事例はなかなか見出しにくい状況です。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。エムスリーをどう捉えるかが悩ましいところですが、彼らの海外展開は、国内での強さに比べれば「確固たる成功」とは言いにくいでしょう。ですので、成功事例は未だないと言って差し支えないと思います。

海外展開の難しさについてですが、投資家も海外展開にはネガティブに反応しがちですが、主な理由は2点です。1つは、今話したように、国内スタートアップが海外展開で成功した事例がないこと。もう1つは、「地の利」がない国・地域で事業展開するリスク。これらのことから、投資家は、海外展開は難しいと考えがちなのだと思います。

朝倉:例えば、ソーシャルゲーム全盛期、小林さんが在籍していたディー・エヌ・エーをはじめとした企業が、海外で日本発のコンテンツビジネスを展開しようとする機運が高まったことがありました。しかし、日本国内では非常に規模の大きいプレイヤーであっても、海外の競合プレイヤーに比べると事業規模が小さく、投資家からは競争優位性に欠けるといった評価を受けることもあったわけですよね。スケールの違い、難易度の違いを端的に示す例かなとも思います。

海外展開自体が目的化してしまう

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):ソーシャルゲームは日本で先行して誕生した市場だったこともあり、業界全体として、日本発のこのビジネスで海外に打って出るのだ、という機運は非常に強かったですね。そこで、ディー・エヌ・エーを含め、数社が海外に進出したのですが、振り返ると、日本発で海外展開した成功事例を作りたい、というところが一番の動機になっていたように思います。いわゆる「ビジョン」や「パーパス」はあまり語られず、とにかく海外で成功する、それが目的になっていたところがあると思います。

朝倉:今の「日本発の成功事例を作ることが目的化していた」という話は、重要な点だと思います。

例えば、官公庁の方などが「日本発の技術・事業を海外に広げていく」と語られるのを耳にする際、個人的に違和感を覚えるのは、顧客視点が置き去りになり、内向き思考になっていることです。顧客からすれば、価値のあるものであれば、日本発、アメリカ発、中国発、どこで生まれた事業・プロダクトであろうが、自分にとって意味があるものであれば良いはずです。そうした顧客の事情に関係なく、過度に「日本発」というメッセージを打ち出し、「日本発」を押し付けようとする傾向がありますよね。

こういった文脈で語られる「日本の強み」という言葉は、ともすると感傷的な表現になってしまっていて、実際に海外で通用する強みなのかどうか、独りよがりの「強み」なんじゃないかと、疑わしく感じることもあります。

村上:同感です。アメリカ企業には、グローバル化に成功している事例が多くありますが、彼らのグローバル展開の動機は、顧客がグローバル化しているから自社ビジネスもグローバル化する、というものです。特に大手IT企業では、グローバル対応できないと顧客満足度が下がります。よって、顧客対応としてグローバルでチャネルを増やしていき、結果的に、グローバルで対応可能であることが競争優位性になったのです。このように、顧客満足度・競争優位性の観点から、自然にグローバル化してきたのがアメリカ企業です。

また、多国籍で成功している欧州企業や中国企業を見ると、先述した「地の利」があるところに展開していることに気づきます。かつて植民地だったなどの事情も含めて、言語・慣習・文化が近しい地域、または政府間の関係性が良好である地域など、ネットワークが構築しやすい地域に展開しています。それでも失敗することがあるくらいですから、「地の利」がまったくない地域では成功確率がより低く、ほとんどビジネス展開を行わないのだと思います。

このように、海外展開するときは、顧客視点・競争優位性の観点が必要で、さらに成功確度を高める「地の利」が必要です。これらが欠けている場合、海外展開は議論の俎上にも上りづらいのだと思います。

「地の利」のある市場から攻める

朝倉:その点、日本のビジネスが馴染みやすそうな地域というと、台湾や韓国などが想起されます。その韓国でさえ、日本のスタートアップで大成功したプレイヤーがいるのかというと、ちょっと想起しづらい。近しいアジアでさえ、海外マーケットの消費者を捉えるのは難しいのですから、一足飛びに北米に挑むのはなおさら難しいことなのでしょうね。

以前、韓国のスタートアップスタジオの方と話していた際、韓国でも、自分たちのマーケットは小さいことが問題だといった話になったことがあります。台湾も同様に、市場規模には課題感を抱えているわけですが、彼らからすると、日本のマーケットに展開したいといった動機がある。それならいっそのこと、日本・韓国・台湾といった3つのマーケットを統合して、3ヵ国同時展開できるような環境を構築できればいいんじゃないか、なんて話をしたんですけどね。

村上:同様に、東南アジアも可能性のあるマーケットでしょうね。

海外展開の戦略として、中国のアフリカ進出の戦略が参考になると思います。20年前に遡ると、当然、中国は、アフリカに「地の利」を持っていませんでした。しかし、国策の後押しにより、中国企業のアフリカ投資はこの20年で急激に拡大し、現在では、現地に中国企業・人材のネットワークが構築され、「地の利」が生まれています。

中国は、外交も含めて海外に「地の利」を先に構築し、その後、有利な状態でマーケットを獲得するという方法論を取っているのです。グローバルで戦う方法論としては非常に的確です。日本人はこういったプロセスをあまり重視していないのではないか、と思いますね。

小林:一方、日本が中国マーケットに進出したケースでは、親和性が高そうなマーケットに見えるのに、参入後、競争が加熱するスピードが速すぎて、成功しなかったケースが見受けられますよね。中国では、ある業種、セクター、サービスが誕生したときに、追随プレイヤーが現れる量とスピード違いすぎる。ここを見誤りがちなのでしょう。

資本と人材のグローバル化を

朝倉:ここまで、海外展開の難しさを強調してきましたが、だからといって、海外展開なんかしてはいけないと思っているわけではありません。むしろ、どうすれば海外マーケットでもスケールするような事業を生み出すことができるのかといったことを気にかけていますし、そんな事業に関与したいという思いもあります。

だからこそ、海外で事業を成功させることのハードルの高さを認識し、準備して臨むことが大事だと思っています。思いつきで「中国に事業展開したい」と言ってできるようなものではないです。

村上:最後に、海外展開を検討する際に、チェックすべきポイントが2つあります。1つは、資本・投資家がグローバルであるかどうか。海外市場に明るい投資家が入っていれば、海外展開に際して的確なアドバイスをもらえる可能性が高いですし、ネットワークを活用してサポートしてもらえることもあるでしょう。

2つ目は人材がグローバルであるかどうか。展開先の地域で「地の利」を発揮できる人材が社内にいると、成功確率があがると思います。その地域を実際に知らない人材だけでは、戦略もずれてしまうでしょう。以上のように、資本と人材がグローバルであること、これは海外展開を検討する際に確認すべきポイントだと思います。

*本記事は、signifiant style 2020/8/30に掲載した内容です。
(ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)