日本では「物言う株主」と称されることの多い、アクティビストですが、2020年現在、株主アクティビズムを巡る話題を目にする機会も増えてきました。投資家側、企業側の両サイドで、日本における株主アクティビズムはどのように変化してきたのか。事例を交えながら考察します。
日本における株主アクティビズム事例:オリンパス
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):昨今、新聞・メディアでも「アクティビストによる株主提案」といった記事・話題が増えてきたように思います。今回は、日本における株主アクティビズムをテーマに、いくつか具体的な事例を挙げながら話していきましょう。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):「株主アクティビズムは日本にもやってくる」と長らく言われてきました。特に2017年頃には、海外投資家の間で、日本がアクティビズムのターゲットとなる可能性が高い、と言われていました。背景にあったのは、すでに欧米ではかなり動きがあったので、次の舞台は日本であろう、という文脈です。
その中で、近年、象徴的な動きがあったのは、オリンパスです。オリンパスの創業事業はカメラ事業ですが、収益の点で会社を牽引するのは内視鏡ビジネスです。内視鏡事業という、収益性も高く市場シェアも高い超優良事業を持つ一方で、創業事業であるデジタルカメラを中心とする映像事業が足枷となっており、株主からは切り離すよう強い要望があったのですが、なかなか切り離せずにいました。それがついに、2019年に動いたのです。
単に赤字事業を切り離した、というわけではなく、株主アクティビストとして有名なバリューアクト・キャピタル・マネジメント(以下バリューアクト)から取締役を受け入れ、事業売却を実現したという事例です。バリューアクトは、2018年にオリンパスの株式取得を公表して5%を取得し、大量保有報告を出していました。オリンパスは2019年に、そのバリューアクトから社外取締役を受け入れたのです。その後、1年以上をかけて、経営体制や事業ポートフォリオの見直しを行い、ようやく事業の売却を実行に移すことができたという経緯です。
株主アクティビストというと、強い配当要求をするなど、短期的にイベントドリブン型で動く活動が注目されやすいですが、バリューアクトのスタイルは長期的に株式保有し、会社の変革をサポートし、成果を出すスタイルです。オリンパスの株価は、バリューアクトから社外取締役を受け入れて以来、約2倍になっていますから、大きな成果だと言えるでしょう。
朝倉:かねてから事業再編が必要だという問題意識はあったものの、着手に踏み切れていかったとのことですが、バリューアクトが2019年に経営ボードに参画した後、2020年6月に入ってようやくデジタルカメラ・映像事業からの撤退を発表しました。このタイミングで状況が変わったのは、何がきっかけだったのでしょうか。
小林:内部の実情はわかりませんが、バリューアクトがボードに参画した当初はまだ、社長が「映像事業は売却しない」と明言していました。それ以降、議論を重ねていく中で、2019年11月には、社長から、事業ポートフォリオの見直しを行い経営資源を集中させる、という発言があり、Bloombergでも紹介されました。おそらく、この頃から映像事業の売却を検討していたのではないか、と窺い知ることができます。
ただ、映像事業はかなり大きな赤字を抱えており、2019年3月期で売上高487億円、営業損失▲183億円といった非常に厳しい状況でしたので、なかなか売却先が見つからなかったという事情もあるのかもしれません。
長期的な経営変革にコミットするアクティビストファンド
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):私は前職でアクティビズムにも携わっていましたが、オリンパスの映像事業の件は、先述の通り、10年以上前からの懸案事業でした。日本における株主アクティビズムは、過去何度か盛り上がった時期がありましたが、このタイミングでこの案件が動いた背景には、ガバナンスの議論が進んできたこと、それにより、株主提案に真摯に対応せねばならない、といった機運が高まったことがあると思います。
バリューアクトから社外取締役を受け入れたのは、オリンパス側にも、戦略的に彼らの意見を取り込もうという意図があったと考えられます。当初は、バリューアクトに対して対立姿勢で臨んだが、彼らからのアドバイスを聞く中で、むしろ彼らをボードに取り込むのが得策である、という判断をしたのではないでしょうか。バリューアクトが売却を迫った、というよりも、バリューアクトの取締役も含めて、一緒に議論を深めた結果、売却を決断できた、ということなのではないか、と思います。
このタイミングで、オリンパスがバリューアクトと手を携え、映像事業の売却を決断できたのは、日本のコーポレートガバナンスの進化によって、株主と企業の関係が変わってきた結果なのではないかと思います。
朝倉:バリューアクトについては、過去のシニフィ談でも触れたことがありますが、彼らは過去、アドビの事業モデル転換(リカーリングモデル・サブスクリプションモデルへの転換)を支援したり、マイクロソフトに経営ボード立て直しを提言したりしています。外部から見る限り、2事例とも奏功してるように見えます。
アクティビストファンドというと、古いイメージでは、内部留保比率の高い日本企業に対して、溜め込んでいる現金を配当で吐き出せ、または自社株買いをして株主に還元しろ、といった提案を迫るグリーンメーラーのような人々である、という印象が強いですよね。
しかし、バリューアクトのように、経営ボードと建設的な議論を交わすアクティビストファンドの存在感が強まっていると言えるのかもしれませんね。
小林:はい、そういったファンドの特徴として、経営ボードに参画するという点が挙げられるでしょう。経営ボードに参画すると当然、保有株式の流動性に対して著しい制限を受けます。売りたい時にいつでも売れるわけではなくなるので、ファンドとしてはリスクを抱えます。が、バリューアクトは敢えてボードに入っていって、長期的な変革にコミットしています。
先述したマイクロソフトの事案でも、バリューアクトが提言したCEO交代が実現した後、マイクロソフトは大きく躍進しています。バリューアクトが長期的にコミットして支援したことが成果として出ていると言えるでしょう。このように、短期的に株式取得して、イベントを起こして、利益を得たらすぐに抜ける、という旧来のアクティビストファンドのスタイルとは大きく異なります。
日本でオリンパスに続く株主アクティビズムの事例となりそうなのが、東芝です。東芝は、エフィッシモ・キャピタル・マネジメントと3D・オポチュニティ・マスター・ファンドという2社から、取締役選任を求める株主提案を受けました。(2020年7月31日の定時株主総会で否決。本稿の元となるVoicyは2020年7月6日に録音しています)
エフィッシモは東芝の筆頭株主で保有率が15.36%と非常に高く(株主総会前の2020年7月30日に一部売却し、保有率は9.91%へ)、さらに取締役も受け入れるとなると、経営ボードに与える緊張感はより高まるでしょう。日本でもこういった形で、長期的に経営に参画し変革にコミットするタイプの株主は増えていくのではないでしょうか。
村上:一昔前の日本企業の経営陣には、株主が経営に変革を迫ったところで、実行しなくても、会社が倒産することはないと高を括るような雰囲気があったのではないでしょうか。
しかし、例えばオリンパスなら、医療機器における競争環境が激化し、グローバルで勝ち抜ける優位性を構築する重要度が増した。創業事業だから、とデジタルカメラにこだわっている場合ではなくなり、リソースの集中を迫られた。今回、アクティビストファンドの提案を受け入れることにした背景には、こういった事情もあると思います。
先述した、日本のコーポレートガバナンスの進化に加え、このような競争環境の激化も、日本企業がアクティビストの提案に真摯に向き合わざるを得なくなっている一因だと言えるでしょう。
朝倉:アクティビストというと、一般的には、2007年のスティール・パートナーズ対ブルドックソース事案のような印象が強いのだと思います。しかし、企業側でもコーポレートガバナンスに対する意識が高まり、同時に、投資家側でも、経営ボードと洗練された対話をする準備が整ってきて、双方に変化が見られ、受容が進んでいるのかもしれませんね。
変わる「株主アクティビズム」のあり方
朝倉:象徴的だと感じたのが、2020年6月にマネックスが新たに設定した「マネックスアクティビストファンド」です。公募型で、一般投資家が買うことができるアクティビストファンドが出てきました。「エンゲージメントファンド」といった婉曲表現ではなく、敢えて「アクティビストファンド」というネーミングで一般投資家に売り出すものが出てきた。世の中の認識の変化を象徴する現象じゃないかと思います。
あともう一つ、バリューアクトを創業したジェフリー・アッベン氏が、バリューアクトを辞めてインパクト投資を行うファンドを立ち上げましたよね。SDGs、ESG投資と株主アクティビズムは非常に相性の良いものだと思います。グローバルイシューに取り組みながら、慈善ではなく、しっかりとリターンを上げるという姿勢を表明している点が興味深い。時代の変化を感じます。
小林:以前のアクティビストファンドには、キャンペーン主導型で、自分たちが会社に対して提示した提言をPRし、それによって株価変動を起こしていく、といったスタイルを取るものも多くありました。しかし、例えば、バリューアクトはこのスタイルを否定しています。オリンパスに対しても、経営ボードと対話を続け、経営の一角を担って共に変革を推し進めていくスタイルを取り、報道やキャンペーン的な行動で経営を威嚇するというようなことは行っていません。
村上:以前は、戦略的にキャンペーンを行わないと、企業を動かせないという考えがあったのでしょうね。しかし、結局それでは明らかに効率が悪い。本質的に企業変革を促そうとしたら、現在のアクティビストファンドのような、長期的に関わり対話するスタイルが良い、ということが徐々にわかってきたのだと思います。
対話を前提としてやってくるアクティビストに対しては、受け手である企業側も真摯に対応せざるを得ない。こういった背景を踏まえると、今後、アクティビストと企業の対話はますます進むのだろうと思います。
朝倉:未上場スタートアップへの投資を行うベンチャーキャピタルや、我々が運営する『THE FUND』のように、グロースキャピタルとしてレイトステージのスタートアップに関与する投資家にとっては、経営陣と対話をすることは、本来、当たり前のことです。
成長を期待して投資しているわけですから、当然、経営陣に対して内部留保を吐き出せ、配当を出せといった要求をするのではありません。企業価値・事業価値をどのようにして高めていくかといった観点を軸に、経営陣と対話するわけです。
経営陣との対話姿勢といって点では、ベンチャー投資の世界が先んじている面もあるのかもしれません。スタートアップの世界にいる人間としては、スタートアップを起点に、企業経営における株主と経営の対話が広まっていくような取り組みを進めることができれば理想的ですね。
*本記事は、signifiant style 2020/8/23に掲載した内容です。
(ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)