これまで、欧米での「市場主義3.0」に向かう流れを概観したうえで、国家資本主義など、近年台頭している「アンチ市場主義」的な流れの限界について検討し、わが国が向かうべきはやはり「市場主義3.0」であることを主張してきた。しかし、わが国では「市場主義」は必ずしも人気のある考え方ではなく、その実現性についても疑問を持つ向きも多いであろう。そこで、今回は、わが国でなぜ「市場主義3.0」が必要なのかについて改めて論じたい。

「ケインズ型企業福祉モデル」
企業が福祉の一部を担う

 なぜわが国で「市場主義3.0」が必要なのかを示す前に、わが国経済社会システムの現状について、みておく必要がある。現在のわが国の経済社会システムは第2回でふれたように、戦後に形作られた「ケインズ型企業福祉モデル」としての性格をなお基本的に残している。そこで、このモデルの特徴を整理しておくと、以下で順にみていくように、企業、家族、政府の3つのサブシステムから構成されていた。

 まず、3つのサブシステムのうち中核を占めるのは企業システムであり、その最大の特徴は、企業が富の生産=経済成長の役割を担うのみならず、欧米では政府が行っている富の分配=所得分配機能まで果たしてきたこと――その意味で「企業福祉モデル」というべき性格を有していたことである。

 この企業システムの根幹に位置づけられてきたのが、終身雇用・年功賃金を両輪とする日本型雇用慣行である。「終身雇用」は従業員のモラール向上や技能形成を通じて、日本企業の国際競争力を高める一方、強い雇用保障が個人の生活保障の要になってきた。加えて、生活保障給的な性格が強い「年功賃金」が所得分配機能を有していた。横並び平等的な給与水準の決定により、正社員全員に妻子の養育費が賄えるだけの所得水準を保障してきたからである。とりわけ、扶養手当を支払う場合は、正に政府が行うべき機能を企業が果たしてきたといえよう。