冷静に考えれば、我々の暮らしは中国抜きに成り立たない。「貿易摩擦」という米欧の保護主義をかいくぐるため、中国に生産基地を移し、貿易立国を維持した。円高を仕掛けられると、企業は一段と中国シフトを強め、中国人の低賃金で難局を越えた。

 今は豊かになりつつある中国人が、日本ブランドの消費者として脚光を浴びている。国内では中国からの留学生や研修生が、都市や農村で決定的に不足する「下働き」を担っている。嫁不足の地方でも交流は盛んだ。

 融合はこれからも加速するだろう。反日感情の高まりで、ベトナム、ミャンマー、カンボジアへ生産拠点の移転が進むだろうが、中国の代替は不可能だ。生産の増強や新規立地を中国外にシフトすることはあっても、中国から足を抜くことはできない。

 1人あたり日本人の10分の1しかない中国人の消費が5分の1になれば、日本一国に相当する消費が生まれる。そんな中国から流通業者が撤退することはあり得ない。略奪にあっても踏みとどまり拡大を模索するだろう。

 米国も欧州も韓国も中国を目指すとき、日本が関係を悪くして企業活動を袋小路に追い込むような政策は論外である。「戦争を覚悟してでも領土を守れ」という威勢のいいかけ声は「匹夫の勇」でしかない。責任のある政府が取る道は、仮に安倍首相が誕生しても「対中関係の改善」だろう。

海洋膨張策の底流にあるもの

 屈服することなく、関係改善をするにはどうすればいいのか。

 日中友好条約を結んだ1978年当時の関係に立ち戻ることだ。この条約で両国は「紛争解決を武力に訴えない」とうたった。日本国憲法の精神で両国が約束した事柄である。この時点で、尖閣列島の領土問題は棚上げされた。領土問題があるから「棚上げ」したのである。

 日本はその後「日中間には領土問題は存在しない」という姿勢に転じた。棚上げ=問題なし、という奇妙な解釈である。中国としては納得できない措置だった。

 その中国でいま「失地回復」の動きが盛んだ。経済力をつけ米国債の最大の引き受け手になった中国は自信を深め、清朝末期から奪われてきた海洋権益を回復しようとしている。日本を含めた周辺の国々には中国の膨脹として映る。