新型コロナウイルス感染症の拡大により、業績を大幅に悪化させたり、ビジネスモデルの転換を迫られたりする企業が相次いだ。そこであらためて浮き彫りになったのは、財務情報から予測できる企業価値には限界があるということ。だが一方で、矢継ぎ早に導入される非財務情報開示のフレームワークや投資家からの要請に、企業からは「開示疲れ」を指摘する声も聞こえる。金融庁で企業情報開示の強化に取り組む園田周氏と、あずさ監査法人 開示高度化推進室を率いる関口智和氏のインタビューから、誰のため、何のための非財務情報開示なのか、その本質を探る。
気候変動という世界的課題を
市場メカニズムで解決する
編集部(以下青文字):2000年以降、企業報告に関する制度が相次いで導入されてきましたが、ここに来て非財務情報やESG(環境、社会、ガバナンス)情報というキーワードを耳にする機会がさらに増えています。なぜいま、これほどまでに注目が集まっているのでしょうか。
園田:一つには、気候変動に対する世界的な危機感の高まりがあります。世界経済フォーラムが発表した「グローバルリスク報告書2020」では、今後10年間で発生する可能性が高いリスクの上位5つを気候関連が占めました。特に負の影響が大きいリスクにおいては、2018年、2019年に1位だった大量破壊兵器に代わって、「気候変動の緩和・適応への失敗」がトップになっています。
関口:それとともに、この世界的な課題を市場メカニズムによって解決すべきだという社会の要請が、これまで以上に高まっていることにも注目すべきでしょう。ここでいう市場メカニズムとは、単なる温室効果ガスの排出枠の取引に留まらず、市場原理に基づく民間企業の競争や創意工夫を課題解決に向けたエンジンにしようというものです。
ESG情報はそうした市場メカニズムを実現するための基礎となるものであり、関心が高まるのは当然といえます。
園田:環境、社会、ガバナンスを重視する企業に投資するESG投資の拡大も追い風になっています。金融危機をきっかけに過度なショートターミズム(短期主義)に対する反省が広がり、より長期的な成長に着目した投資の重要性が再確認されるようになりました。しかし財務情報だけでは長期予測は難しいため、より広い視点で企業の力を測る指標として、ESG情報が求められています。
多くの投資家がESG投資を進めていますが、それは長期的なリターンにつながるから、つまり儲かるからにほかなりません。たとえば50年、100年先を見据えて長期的、安定的に収益を上げることが求められるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、環境などの外部要因が長期的なリターンに影響することを、ESG投資を重視する理由に挙げています。仮にESGを無視して短期的なリターンを得ても、その結果、環境や社会問題が悪化して金融市場全体に負の影響が生じ、経済の持続的な成長が阻害されれば、年金事業の運営を安定させるというGPIFの投資目的は達成されないからです。
ESGをリスク要因ととらえるか、それとも収益要因と見るのか。情報利用者の受け止めはそれぞれの立場で変わってくると考えられますが、投資家の場合はやはりリスクを把握したいというニーズが主なのでしょうか。
園田:そうですね。ESGそれぞれに関わるリスクは以前からあったもので、急に発現したものは多くはないはずです。ただ、かつてはそれほど深刻だと見なされていなかったものでも、いまはちょっとした問題が取り沙汰されて、一気に拡散してレピュテーションを毀損する時代であるため、多様なリスクを把握しておく必要に迫られています。
それに加えて、中長期的な可能性、リスクとオポチュニティの両面の可能性を知りたいというニーズも確実に強くなっています。
関口:財務情報はまず財務諸表があり、それを理解するうえで参考となる内容を注記として補足します。では、これで何を読み取れるかを平たく言えば、発生した取引や事象を踏まえていくら利益が出たか、なぜそうなったかということです。
その一方で、気候変動のようにすでに発生しているものの、それが見えにくいものについて、たとえば10年後にどのようなリスクがあるかなどを表すことは、財務諸表は苦手としています。そこで、これを担うのが非財務情報です。不確実性が高まる中で、投資家の関心が非財務情報に集まるのは、自然な流れです。