忘れられがちな
税務の視点
いま税務の視点の重要性が指摘されましたが、どのような課題や注意点がありますか。
神津:事業構造やM&Aシナリオを見直す必要性を踏まえると、非常に重要なアジェンダとして、サプライチェーンの統廃合があります。その場合、ビジネスやオペレーションの問題もさることながら、税務面でのコンフリクトが生じていることが少なくありません。
たとえば移転価格です。どこの国に、いくら利益やコストを配分するのかを考えると、さまざまな機能や資産を抱えている拠点、あるいは無形資産のある拠点、事業リスクを負っている拠点といった点に着目してグループの移転価格方針を決める必要があります。
したがって、グローバルに製品を展開していく時、販売拠点にどのような機能を持たせるのか、どれくらいリスクを負わせるのかについて、国別に、さらにいえば個々のグループ会社における事業部門ごとに管理できていないと、税務マネジメントに支障を来します。たとえば、ある国でM&Aを行った際、既存事業のオペレーションと買収先のオペレーションの2つがあります。同じ地域内ですし、統合しなければM&Aの意味もありません。
ただし、その際に忘れてならないのが、移転価格の考え方について、既存の自社グループの枠組みとどのように整合させていくのかといった事前の検討です。この時、齟齬があると、移転価格のグループ方針が機能しなくなります。大幅な見直しを迫られたり、整合させようとむやみに商流変更を実施したりして、輸出入に伴うインボイスの業務フローが複雑化してしまうと、EPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)の関税削減メリットを受けられなくなってしまうこともあります。
グループ間での利益の付け替えについては、製品やサービスの取引価格を調整して、移転価格方針に合致した利益水準を達成する方法が一般的です。たとえば、日本の本社が中国の現地法人である製造拠点に原材料を売る場合、これは関係会社間取引になります。その際、日本の本社と中国の現地法人との間で取引価格を調整することで、日本と中国の間における移転価格を管理します。
一方、もしも中国の製造拠点が原材料を第三者から自己調達し、製品化した後に、日本を通さず自国内や国外の市場で販売する場合、日本の本社とは製品やサービスの取引が発生しないので、移転価格を調整することができません。このような場合、日本の国税対応の観点から、たとえば技術や商標等の使用料を日本本社が徴収することが必要になってくることもあります。
そして、このようなサプライチェーン設計に応じた移転価格の調整方法の違いによっては、関税の課税ベースにも大きな影響が生じますので、M&Aや企業内再編に伴うサプライチェーン改革の場合は、オペレーションの最適化のみを目指すのではなく、移転価格や関税コストへの影響も踏まえた、事業統合計画を策定する必要があります。
グローバル展開している企業が、タックスヘイブンや税率の低い国を経由した取引を意図的に利用して課税逃れを行っている問題、すなわちBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)もサプライチェーン改革に影響を及ぼすのではないでしょうか。
神津:もちろんです。2012年からOECD(経済協力開発機構)で議論されてきたBEPSは、国際税務の世界とグローバル企業の行動に大きな変化をもたらしています。
日本企業は、これまで当局と事前協議し、過度なプランニングは行わないなど、欧米企業に比べて保守的なスタンスでタックスマネジメントを行ってきましたが、一方で、とりわけアメリカ企業は歴史的に見ると積極的に取り組んできました。
たとえば、アメリカの製薬会社が採用していた典型的な税務プランニングとして、合法的に特許等を低税率国の関係会社に移して、そこに事業収益をため込むというやり方がありました。ただし、各国におけるBEPS導入後は、国際税制の調和を保つためにも実体を反映した納税が要請されており、ここにドナルド・トランプ前大統領が実施した大規模な税制改正の影響も加わり、税務プランニングの大幅な見直しを迫られているというのが、ここ数年間における米系多国籍企業を取り巻く状況です。
日本企業は、日本独自の企業文化や納税意識の影響もあり、それほど税務プランニングに着目してこなかった歴史がありますが、節税という観点のみならず、税務リスクをしっかり可視化し管理するため、多国籍企業を買収した場合には、その会社がどのようなIP(知的資産)を、どこの国で所有しており、どのように活用しているのかなど、自社グループの税務ポジションへの影響の有無について、あらかじめしっかり把握しておくことが賢明です。
しかし買収後、はたしてそのIPなどを活用して付加価値を創造できるのか、それに伴って、税務上どのような影響が生じるのかについて確認しながら、M&Aを検討したり、PMIを考えたりしている企業は極めて少ないと言わざるをえません。よくあるのが、事業の買収に伴う財務や会計、そして税務について事前の検討をなおざりにしたままM&Aを進め、何年か後にその事業が予想以上に大きく成長してしまい、嬉しい誤算とはいえ、いまさら日本あるいは別の国や地域に移そうとしても税務上の問題から難しくなり、「買収する前にしっかり手当てしておけばよかった」と後悔するケースです。
関税を含めた税務の重要性について経営陣のレベルで検討できている日本企業が少ないのは、納税は一種の社会貢献であり、事業活動の後に発生する所与のコストであり、節税などの税務マネジメントに積極的に取り組むべきではない、といった企業文化や納税観の影響が大きいように思われます。それゆえ、なかなか税コストの管理・最適化という発想に至りづらい。
ですから、たとえばどの製品に、どこで、いくら関税を支払っているかと尋ねても、答えられない企業がほとんどです。こうした税の見える化ができていないと、せっかくオペレーション最適化の観点からサプライチェーン改革を進め、一生懸命コスト削減に励んでいても、税コストへの影響を分析するデータや情報がないせいで予期せぬ税コストの増大が生じ、オペレーションコストの削減効果が相殺され、最悪の場合、持ち出しになってしまう可能性すらあります。