1人分の保護費で暮らした母子が
住居を喪失するまで

 事件を受けて、法律家・学識経験者・支援者などが結成した「八尾市母子餓死事件調査団」の調査によると、母子は2007年から断続的に生活保護を受給していた。当初は父親もいたが、2018年に死亡した。

 1995年生まれの長男は、生活保護のもとで中学と高校を卒業し、高校卒業後は就職した。しかし就労は長続きせず、多様な仕事を転々としていた。

 長男が就労するたびに、八尾市は長男を生活保護の対象から外していた。

 世帯の誰かが就労したからといって、生活保護の対象から外す必要はない。もちろん、就労収入は収入申告する必要がある。収入の一部は収入認定されるため、自分のものとならない。しかし、正規雇用とも「社保完」とも限らない就労をしている場合、健康保険料や年金保険料などの負担、病気や負傷の際の医療費自己負担などを考慮すると、生活保護から脱却することで「生活保護以下」の生活となる可能性が高い。

 厚労省も、就労による生活保護からの脱却を判断するにあたっては、生活保護がなくても問題なく暮らしていけるかどうかを慎重に見極めることを求めている。しかし八尾市は、その経過観察を行わなかったようだ。

 長男は、回転寿司店・電気工事・金属塗装・事務・パチンコ店・木工所・コンビニなどで就労していたが、いずれも長続きしなかった。仕事ぶりは「真面目だった」と報道されているのだが、出勤は不安定であったらしい。一般的な意味で「働ける」と言える状態ではなかった可能性もある。

 長男は仕事と収入を失うたびに、家族と同様に生活保護の対象に戻った。そのうち、長男は生活保護の対象から外れた。長男が住民票を祖母宅に移し、住民票上は両親の世帯にいないことになったからである。

 長男の友人によれば、八尾市の担当者が「住民票を祖母宅に移せば、給料を全部自分で使える」と持ちかけたということだ。しかし、長男は仕事を失うたびに「所持金21円」「所持金115円」といった状況に追い詰められていた。