「そのお客様はスタイリストをなさっているそうで、撮影現場に急いで行かなくちゃならないとおっしゃっていました。走り出してすぐにクランク(直角のカーブがふたつ連続して続く場所)にはまってしまって、方向がよく分からないまま抜け出そうとバックをしたら、工事現場の足場に車を擦ってしまったんです。もう、パニック状態になってしまって……。

 お客様はお怒りになって、私が行かないと撮影が始まらないのにどうしてくれるの、撮影が遅れた分の請求書を会社に送るわよとおっしゃっていました。それでも道を教えていただきながら、なんとか目的地にたどり着くと、本当に撮影のスタッフらしき方がみなさん道路に出て待っていらっしゃいました。結局、請求書は送られて来ませんでしたけれど、こういう場合、言うだけ言って請求はなさらないお客様が多いようです。

 なんだか、こんな話をすると女性のお客様はみんな意地が悪いように聞こえるかもしれませんけれど、決してそんなことはありません。降りる時にわざわざお花を買ってきて、どうぞって一輪渡してくださった方もいました」

 仲村は離婚して母と同居することになったため、日立自動車のある綾瀬の近くに引っ越してきた。病院から血液検体を集めて回る仕事は嫌いではなかったが、検査会社から遠く離れてしまった上に、交通費を支給してくれないというので諦めざるを得なかった。

 離婚の原因は、夫の暴力にあった。おばあちゃん子で甘やかされて育った夫は、気が短くて人の言葉をまったく聞こうとしない人間だった。すぐに物を投げつけるだけでなく、言葉の暴力もひどかった。本人によれば、「さして意味のない一種の口癖のようなもの」に過ぎなかったが、年がら年中「馬鹿野郎」「この野郎」と家族を怒鳴り散らしてばかりいた。

 夫がふたりの子供のことを愛しているのはわかっていたが、暴言のせいで、愛情はまったく伝わっていなかったと思う。家族全員が夫に服従するように、息を殺して暮らしていた。

 仲村は、子供が成人に近くなったら別れようと心に決めていたが、いざ、離婚を切り出すと夫はひどくうろたえた。自分が変わるから離婚話なんて取り下げてくれと何度も懇願されたが、いやと言うほど本性を見てきた仲村の気持ちは動かなかった。

 夫は家では暴言は吐いたものの、タバコも酒もギャンブルもやらない、真面目に働くサラリーマンだった。金使いも荒くはなかったので、早々に4LDKの一戸建てを購入していた。一昨年の大晦日の晩、仲村はその広い家にふたりの子供を残し、飼い猫だけをキャリーバックに入れて、身ひとつで家を出た。子供たちは、猫に負けたんだと言って泣いた。

 母親の家に向かう電車の中で、欲しかったのはお金でもなく、広い家でもなく、夫の優しい態度だった、ただ優しくしてくれさえすればそれでよかったのにと思ったら、急に悲しくなって涙が出た。

 母親と暮らしながら仕事を探していると、日立交通が日勤(夜勤がない)のタクシードライバーを募集していた。タクシーの世界に不安はあったが、やるしかないと思い切って応募した。二種免許を取り、地理試験に合格した。もともと地図を読むのが得意ではなかったので、地理試験には特に苦労したが、必死で勉強をした。

 自分が外で働き母が家事をやってくれる生活は、家事が不得意な仲村にとって悪くはない。ずいぶん楽をさせて貰っていると思う。子供ともたまには会えるし、母の年金と自分の給料を足せば、女ふたりが細々と食べていけるだけのお金にはなる。

 仲村に「やめろ」と言った三人目の客は、「偉い人」だった。