「人事の問題」は答えなくていいのか?
これを認めると弊害は相当に根深い

「仮定の話」のほかに強い違和感を覚えるのは、「人事の問題」について説明しないとする姿勢だ。この理由を認めて通すことの弊害は、後で説明するが、相当に根深い。

 人事が話題になった案件で記憶に新しいのは、菅内閣発足直後に生じた日本学術会議の会員の任命に当たって、会議側からの推薦名簿から6名が除外された件だ。この問題に関する政権側の処置は、一般的な「不適切」を超えて、政権自身のダメージにもなる「愚か」といえる域のものだった。

「人事の問題なので説明を差し控えさせていただく」も不適切だし、「総合的、俯瞰的立場から判断した」に至っては質問相手ややりとりを見聞する国民をばかにしているとしか思えない愚答だった。付け加えると、愚答を受け入れて抗議をしない質問者に対しても回答者に対してと同じくらいの違和感を持つ。いわゆる「グル」ではないか、と思うのだ。

 日本学術会議に関して政府・与党は、同会議には税金(を原資とする国費)が投じられていて国民にとって重大な問題だという基本姿勢だった。だからこそ、同会議の予算の見直しに言及した。

 日本学術会議が国民にとって重要であることを認めるとしよう。だとすると、その予算だけではなく、会員の人事も国民にとって重要な問題だと考えて当然だ。その人事の理由が説明されないことは全く不適切だとしかいいようがない。

野村アセットマネジメントの社長を
日銀審議委員に任ずる人事に大きな疑問

 確かに人事は、候補も含めて対象となっている人にとって心の機微に触れる個人的な問題だ。しかし政府の場合であれば、重要な公職に就かせる人物の人事については、理由や経緯を説明する責任を果たすことが妥当だし、必要でもある。