東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)の組織委員会だけでなく、多くの日本のスポーツ団体もガバナンスに問題を抱えている。ガバナンスの欠如は不祥事を生むだけでなく、スポーツの価値を毀損して稼ぐ力も低下させる。『日本のスポーツビジネスが世界に通用しない本当の理由』(光文社新書)を出版したBリーグの元事務局長で日本ハンドボールリーグ初代代表理事に就任する葦原一正氏と、『B.LEAGUE誕生』(日経BP)を出版したスポーツライターの大島和人氏の対談の後編をお届けする。(ダイヤモンド編集部 篭島裕亮)
バスケBリーグの奇跡的な成功は
外圧によるガバナンス改革が大きい
――東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)のガバナンス問題(前編参照)に続き、日本のプロスポーツの現状について聞かせてください。まずは2人の専門で、今一番勢いがあるバスケットボールについてお願いします。2015年以前の日本のバスケットボールは、リーグが分裂して、FIBA(国際バスケットボール連盟)から資格停止処分を受けました。厳しい状況にあったわけですが、Bリーグが誕生して以降は、観客動員を着実に伸ばして人気スポーツの地位を築いています。成功の秘訣(ひけつ)をどう考えていますか。
大島和人 スポーツのプロ化が難しいのは、サッカー以降、22年間一つも成功しなかったことが証明しています。バスケットボールだって何回も挫折しましたし、今はラグビーやバレーボールが苦労しています。バスケが成功したのは、条件がそろったからです。
東京五輪が13年に内定して、川淵三郎さんというリーダーを迎えられた。さらに、曲がりなりにもプロリーグがあった。プロ野球の再編が04年にあり、楽天やDeNAなどで、従来のプロ野球の経営とは違うアプローチで結果を出した人材がいて、彼らからノウハウを引っ張ってこられたことも大きいですね。葦原さんもその一人です。
細かい制度設計もありますが、そういう条件がそろった15年のあのタイミングでしか成功はなかったと思います。
葦原一正 私が考える成功のキーパーソンは2人。1人は川淵さんです。これは間違いない。あれだけ分裂した各チームを一つにまとめるのは、川淵さんのリーダーシップがないと絶対できなかった。熱く語れるし、理屈も説明できて、圧倒的ですよね。もう1人のキーパーソンはFIBAの当時の事務総長のバウマンさんです。
大島 東京五輪が内定したことで、国際バスケットボール連盟が日本のバスケを改革しなければならないと考えたわけですよね。
葦原 最後は制裁処分になりましたが、FIBAのリーダーシップがないとできなかったですね。彼には日本に対して深い愛があり、それがゆえの制裁。2年前に亡くなられたのですが本当に残念です。
大島 51歳と若かったのに、本当に残念でした。バウマンさんはIOCの次の有力な会長候補でもありました。
葦原 スポーツも企業も大きく改革する時は、外圧がないと変わりにくい。Bリーグは「5000人のアリーナの確保」を参入条件にするなど、一気にギアを変えました。ほぼ反対勢力はいなかった。もちろん、そこへ向かっていくときはチームも選手も本当によく頑張ったと思います。
――プロ野球も05年の新球団の参入以降、急激に改革が進みました。
葦原 04年のストライキから全てが変わっていきましたね。新球団が設立され、ビジネス界から人材が入ってきて、数年間で変革が進みました。その経験を積んだ人たちが、今度はサッカーやバスケなどで動き始めています。
――川淵さんは『独裁力』という著書もありますが、剛腕とガバナンスを両立させるのは難しいテーマです。
葦原 一正 著
定価902円
(光文社新書)
葦原 川淵さんがよく言っていたのは、まずは全員の言い分を聞くことが大事だということ。それでも一致しない場合、最後は熟慮して自分が決める。ガバナンスをきっちり固めて、その上でトップが的確に判断する。その両輪が大事ですね。また、川淵さんは大事なことは自分で決めますけど、大半は「お前らに任せた」しか言わない人です。
大島 権限委譲がお上手ですよね。圧はありますが、いつも圧、圧ではない。
葦原 サッカー界の人たちは、まだ圧を感じているかもしれませんが(笑)。