森喜朗氏の失言や女性タレントを豚に見立てる演出案に批判が集中したことで見逃されがちだが、東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)でトラブルが続出するのは、ガバナンス(統治の仕組み)が欠如しているためである。責任、権限が明確でないために、問題が勃発するたびに、その場しのぎの対応に終始して、事態を悪化させたケースが多いからだ。『日本のスポーツビジネスが世界に通用しない本当の理由』(光文社新書)を出版した日本ハンドボールリーグ初代代表理事に就任する葦原一正氏と、『B.LEAGUE誕生』(日経BP)を出版したスポーツライターの大島和人氏の対談を2回に分けてお届けする。(聞き手/ダイヤモンド編集部 篭島裕亮)
定款が緩く、事務局の仕切りが悪いことで
評議委員や理事、政府がお見合い状態に
――開催が危ぶまれている東京五輪ですが、不祥事が続いています。
大島和人 まずは森喜朗さんの舌禍事件と退任。さらに川淵(三郎)さんの就任内定報道から一転、橋本聖子さんが東京オリンピック・パラリンピック組織委員会(組織委員会)の会長になる流れをどう捉えるかですよね。僕からいきますか。
葦原一正 どうぞ、どうぞ。
大島 今回はスポーツ界ではなく、日本政府のガバナンスや菅政権の支持率といった要素が意思決定の軸になりました。筋論では、スポーツ界の意思決定はスポーツ界の中でやるべきで、組織委員会や日本オリンピック委員会(JOC)に政府が介入をするのはタブーです。ただし、今回はJOCもコロナ禍でオリンピックを開催するために、政府に関わってほしい非常にトリッキーなケースで、メディアでいえば運動部、スポーツ部よりは政治部のマター。ちょっと冷めた感じで見ていました。
葦原 問題は三つあると思いました。一つは組織委員会の会長選挙の時にJOCと東京都のスタンスが見えづらかったこと。JOCと東京都が作ったのが公益財団法人である組織委員会です。理事を選ぶ立場の評議員も3分の2はJOCと東京都の関係者です。費用も東京都とJOCが多くの部分を出している。その彼らが明確なスタンスを見せなかった、もしくは見せなかったように映ったのは問題だと思います。
二つ目は組織委員会の定款が極めて緩いこと。三つ目は事務局の機能が弱過ぎること。第三者委員会を設置すれば公正だという論調も多いですが、それすらも究極的には政治の世界なわけです。では、何が大事なのかといえば、どんな規定の下、どんなプロセスで進めるかを事務方がしっかり仕切る必要がある。今回は評議委員や理事、政府の偉い人たちがお見合いをして、混乱したわけです。
大島 ただし、組織委員会にとって日本政府はラスボス。政府の協力やフォローがない状態で、突っ走るのは絶対に無理。生殺与奪を握る存在というところが現実論としてはある。Bリーグでいえば(スポンサーである)ソフトバンクさんですね。組織委員会はお金や人材の部分で、組織として自立をしていない。ガバナンスは制度、定款がもちろん大事ですけど、財政や人材が伴わないと実際の動きは難しくなります。例えばコロナ禍での入国の処置は政府が絡む問題です。プロ野球やBリーグと比べると国家事業の難しさ、ややこしさが強烈にある。プレーヤーや変数が多過ぎるし、難しいという事情は理解できます。
葦原 一正 著
定価902円
(光文社新書)
葦原 政府の関与の仕方ですよね。東京都、JOCがあって、組織委員会があるわけです。政府が組織委員会に直接関与しているように見えるからおかしい。見せ方の問題も結構あるなと思います。
――森喜朗さんについての評価は。
葦原 大前提として、やはり森さんが発言した内容は問題でしょう。一方で、森さんはマスコミからは目の敵にされていますが、スポーツに対する愛がすごい。他の世代にそういう人材がいないから、こうなってしまった面がある。
大島 ラグビーワールドカップ2019組織委員会の会長は、キヤノンの御手洗(冨士夫)さんで、副会長の一人が森喜朗氏でした。企業からお金を集めて、政府の余計な介入を防ぎ、スポーツ界を守る盾になるという意味で、すごく大きかったと思います。残念なのは、団塊の世代(70代前半)から60歳前後の世代には、スポーツとビジネスや政治のダブルキャリア的な能力を持つ人が少ないこと。橋本聖子さんやスポーツ庁長官の室伏さんなど、50代以下は人材がいるのですが、森さん(83歳)と橋本さん(56歳)の間、空白の世代が20~30年間ある印象です。
――人材不足だから、時代とズレていても森さんに頼ってしまった。
葦原 確かに今の60代あたり、もっと頑張ってほしいですね(苦笑)。
大島 日本の景気が良かったですし、「おウチの外」に出る必要がなかった世代なのかもしれません。
葦原 国際バスケット連盟と仕事をした経験がありますが、いろいろな事を言ってくるわけですよ。それでも川淵さんは、相手を立てながらも一線を越えるところは完璧にNOと言えるわけですよ。おそらく、森さんもそうですよね。日本人の多くは押し込まれちゃって、外国人と交渉する時に「YES」か「はい」しか言えない。