苦痛についていうと、「適度な苦痛」は私たちの能力を高める。「仕事で味わった苦労が転職に役立った」というような経験は誰しもあるだろう。「運動」もそのひとつだ。1日15分の激しいエクササイズをするだけで、心疾患の病気で死亡する確率を45%、全死亡率を30%も減らすほどの効果を得られるという。そして「肉体が若い人は見た目も若い」ことは、複数の研究で実証されている。

「運動と健康の因果関係」は明らかになっていないが、もっとも有効とされる考え方が「ホルミシス」という現象である。ドイツの科学者ヒューゴ・シュルツは、「少量の毒物がイースト菌の成長を加速させている」ことを発見した。そして「すべての物質は、少量であれば刺激し、適量であれば抑制し、多量であれば殺傷する」という結論を導いている。ホルミシスとは、「多すぎたら有害だが、少なければ有益に働く作用」である。

 たとえば、ポリフェノールは体の酸化作用を防いで、若返りに効くと言われる。だが、実際の抗酸化作用はとても低い。ポリフェノールは私たちの体内で炎症を起こし、炎症反応として、人体の抑制システムが起動する。すると、その炎症を修復する過程で、肉体が若返っていく。ポリフェノールが少量の毒として働くことで、人間が生来持つ心身の若返りシステムが作動するという仕組みなのだ。

◇徹底的な休憩で「回復」させる

 次は「回復」のフェーズを見ていこう。アスリート界にはこんな格言がある。「ハードに訓練せよ、しかし、それ以上にハードに休憩せよ」。厳しいトレーニングは必要だが、それ以上に「回復」のフェーズが重要という意味だ。筋肉量を増やすためには、筋トレで筋繊維を傷つけたあとに、適切な休憩と栄養補給が欠かせないのは周知の事実だろう。

 精神においても正しい「回復」が必要だ。私たちはストレス解消のために、だらだらテレビを見る、お菓子を食べるといった行動をとりがちだ。実のところ、ストレス対策にもっとも必要なのは「コントロール感」である。コントロール感とは、「明確な目標を持ち、それを達成するための行動がわかっている状態」を指す。これを高めてくれるのが「攻めの休憩」だ。たとえば「楽器の練習をする」「友人に悩みを相談する」などと、明確な意図を持って休憩をデザインしていくのである。

 1990年代にバイオリニストに行った調査によると、優秀なプレイヤーほど自覚的に休憩をとっていたという。彼らは90分の練習ごとに30分の休憩をはさみ、散歩や瞑想をして、脳を音楽から解放させていた。「暇ができたら休もう」ではなく、計画にもとづいて休むときには休む。この姿勢がコントロール感を育み、心身の回復につながるのである。