デタラメの「匠の鍋」
消費者をだました巧妙なマーケティング
「世界的な調理具生産地として知られ、日本国内の高級調理具にいたってはシェアの80%を占めている北海道・標津町。そんな『調理器具の街』で、1892年から鉄鍋をつくり続けている老舗『壹加生活』。その四代目となる伊藤慧太氏は、『日本手工芸匠人』の称号を得ており、その手によって生み出される鉄鍋は、グッドデザイン賞受賞など国内外で高く評価されている」
日本の「匠の鍋」を紹介する動画で、作務衣姿で登場した伊藤氏は、鉄鍋というのが日本人にとってどのような意味があるものなのかということを、“たどたどしい口調”でこのように説明した。
「鉄鍋は、生活必需品として、人々の生活に、便利を、お配りしました」
「おい、待て!さっきから言っていることおかしくないか?」と違和感を覚えたそこのあなた、間違っていない。
実は冒頭からここに至るまで語られている情報はすべてデタラメだ。北海道・標津町は畜産の街で、調理器具などまったく作っていないし、「壹加生活」などという老舗企業も存在しない。この「伊藤慧太氏」にいたっては、中国人の舞台俳優が演じた「ニセ日本人」なのだ。
しかし、こんなインチキ話にまんまとダマされてしまったのが、中国の消費者だ。この「壹加生活」が中国国内のECサイトに出品した高級鉄鍋や雪平鍋は飛ぶように売れて、詐欺だとバレるまでに、なんと5億円近くも売り上げたという。2020年末に大きな話題になったので、ご記憶にある方も多いことだろう。
このようなニュースを耳にすると、多くの日本人は「なんやかんや言っても、中国人は日本文化に憧れているんだな」とか「やはり日本製というだけで無条件に信頼するほど、日本メーカーの信頼が高いのだな」なんて感じで解釈をするのではないか。
たしかに、中国には日本語を商品のパッケージにデザインしたり、日本製を偽ったりという商品も氾濫しているが、それらはこの鉄鍋ほどのヒットを飛ばしていないという現実もある。
つまり、ベースには「日本の伝統文化への関心」「日本ブランドへの信頼」などがあることは間違いないが、ここまでバカ売れをしたのは、中国消費者のハートを鷲掴みにするもっと別の要素があった可能性もあるのだ。