星野リゾートが、ブランドアーキテクチャーの再構築を急いでいる。都市観光ホテルの再生を大量に手掛ける見通しとなり、ブランド毀損を避けつつ、外資ホテル運営会社の日本国内での展開スピードについていけないリスクを避けるためだ。ブランディングの取り組みについて語った、前々回星野リゾート代表が明かす「ブランド戦略」、10年間成果を挙げ続けた極意、前回星野リゾートがブランド毀損のリスクを本気で危惧する理由、星野佳路代表に聞くに続き、今回は新たな教科書として設定した「ブランドストレッチ理論」を実践上でどのように当てはめていくのか、星野リゾートの星野佳路代表がその危機感と現状の取り組みを余すところなく語った。

戦略を転換し「リスクを取って時間を買う」

 多くの予算と長い時間をかけてブランド力強化に成功した経営者には、「その力を周辺エリアに流用して、ラクに追加の利益を得よう」という囁き(ささやき)がどこからともなく聞こえてくるものです。苦しいときほど強いブランドの力を利用してコア商品の周辺エリアに販売のチャンスを拡大していく「ブランド拡張策」を採りたいという発想になり、いったんそのモードに入ると「大丈夫だ、他社もそうしているからブランド毀損は起こらない」と信じてしまうのです。

星野佳路(ほしの・よしはる)さん
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程を修了。帰国後、91年に先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。以後、経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマに選出された。

 アル・ライズ著『ブランディング22の法則』(東急エージェンシー出版部)をブランディングの教科書として用いていると、それが悪魔のささやきであると気付くことができます。アル・ライズ氏はブランド毀損のリスクをはらむとしてあらゆるブランド拡張に反対であり、その教えに忠実である限りブランド毀損は決して起こらないのです。

 私は、「アル・ライズ原理主義的」であることで、今までブランド拡張の誘惑から逃れてきました。それこそが、ブライダル事業で30年以上も年間3000組の成約を維持し続けている理由であり、(グループの)ヤッホーブルーイングの「よなよなエール」がクラフトビール市場No.1になった理由であり、星野リゾートの運営施設が少しずつ増えてきた理由でもあるのです。これらの商品群には何らブランドのアソシエーション(関連)を持たせない戦略を貫いてきました。

 しかしこのたび、ホテル運営会社としての星野リゾートブランドの活用において、リスクは承知でアル・ライズ原理主義から少し離れることを決意しました。その理由は、安易に追加の利益を得たいからでは決してありません。原理主義にこだわり続けると、外資ホテル運営会社の日本国内での展開スピードについていけないリスクがあると考えているからです。私たちは「リスクを取って時間を買いたい」と思っているのです。

失敗しないブランド拡張とは

 ブランド拡張は前述のとおり、強いブランドの力を利用して、コア商品の周辺エリアに販売のチャンスを拡大していく策であり、常にブランド毀損のリスクをはらんでいます。しかし、市場にはブランド毀損を避けながらブランド拡張を成功させ、安定的に追加の利益を得ているマーケティング事例が多くあります。こういう事例の研究から「成功するブランド拡張の手法」を模索する方法として、私はデビッド・テイラー著『ブランド・ストレッチ 6つのステップで高めるブランド価値』(英治出版)を新しい教科書として設定することにしました。

 この教科書によると、世の中のブランド拡張ケースのうち50%は、3年後までにブランド墓地に葬りさられ、残りの50%の大半は期待したほど追加の利益は得られていない、と紹介されています。そして、それらの研究から分かった失敗の理由は、「自己中心ストレッチ」というプロセスにある、と結論付けています。

 自己中心ストレッチとは、自分のブランドを過信し、本当に魅力的で信頼感を損なわないブランド拡張の難しさを理解せず、強いブランドを周辺商品やサービスに安易に展開してしまうプロセスを指しています。理論の中には自己診断の手法も紹介されていて、たとえば「ブランド拡張のおもな理由は、企業ではなく消費者の側にたったものか?」とか「ただ感情に訴えるだけでなく、機能面のパフォーマンスも実現できるか?」といった確認項目が掲載されています。

 私は今回、この理論にある「失敗しないブランド拡張の条件」を理解し、注意深く当てはめていくことにしました。そのプロセスの中で意外にも、星野リゾートの過去10年におけるブランド戦略の弱点に気づくことができたのです。