星野リゾートが力を入れているマーケティングの中でも特に重視している「ブランド・マネジメント」。再生事業を含めてさまざまなタイプのホテルやリゾートを運営するようになったことを踏まえ、ブランド戦略を整理・実行してきた2009年からの取り組みと成果について、星野リゾート代表・星野佳路さんに聞いた。(構成/斎藤哲也)
星野リゾートが10年以上続ける
「ブランド・マネジメント」の極意
今回は、社内の研修でも重点的に取り上げている「ブランド・マネジメント」について考えてみたいと思います。価格戦略やアクセス戦略がそうであったように、ブランド戦略も教科書通りに実践してみることが重要だと考えています。
最初に紹介したいブランド戦略の教科書は、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院
の名誉教授であるデービッド・A・アーカー氏の『ブランド・エクイティ戦略 競争優位をつくりだす名前、シンボル、スローガン』(ダイヤモンド社)です。
アーカー氏は1980年代に、ビジネスにおけるブランドの重要性を論理的に証明し、ブランド力を構成する要素を(1)認知率、(2)知覚品質、(3)アイデンティティ、(4)ロイヤリティとして体系化しました。これによりブランド力を市場調査によって測定することが可能になったのです。
アーカー氏は著書の中で「ブランドとは情報の束である」と記しています。
例えば私たちは、マクドナルドの有名な黄色い「M」のマークを見た瞬間に、それがマクドナルドであると分かります。同時に、マクドナルドを特徴づける「ハンバーガー屋」「ファストフード」「テイクアウトもできる」「500~1000円でお腹いっぱい食べられる」……といった情報を含めて連想することができます。
つまりマクドナルドのマークには、そういった「情報の束」が埋め込まれていて、世界中の多くの人がそのことを知っている。それは実にすごいことで、これこそがアーカー氏の考えるブランド力の強い状態です。
ここで仮に、ハンバーガーチェーンとして知られるマクドナルド社がホテル事業に参入し、「マクドナルドホテル」と命名して展開を始めたとしましょう。このホテルは、私たちが知っている「マクドナルド」には当てはまりません。その結果、マクドナルドから連想する情報の束は、消費者の記憶の中で時間とともに曖昧になっていく状況が起こり、少しずつブランド力は低下していきます。このことをブランド毀損と呼びます。
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程を修了。帰国後、91年に先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。以後、経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマに選出された。
ブランド力を維持していくことは大変なことです。なぜならば、強いブランドを今までより幅広く活用すれば短期的に利益が向上するので、経営者の心の中にはそうしようという悪魔のささやきが常に聞こえているからです。簡単に得られる短期的な収益の代償は、長期的なブランド毀損であるというケースは実際に頻繁に起こっていることです。
マーケティングの大家、米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のフィリップ・コトラー名誉教授は「マーケティングの目的はセリングをなくすことである」、つまり営業活動が不要な状態をつくることと語っており、私たちをそういう状態に近づけてくれるブランド戦略は、マーケティング活動の中核であると考えています。ブランド力を高め、ブランド毀損が起こらないように注意深く維持していくためにはどうすれば良いでしょうか。