この息子さんは、家ではお母さんの介護をしていました。
ですから、お父さんとお母さん二人の介護はさすがに家ではできないということで、お父さんを入院させていたのです。
そのため、息子さんはずっと、お父さんに負い目を感じていました。
「だから、なかなかお見舞いにも来られませんでした。
でも、親父の入院生活は、つらくて苦しいだけじゃなかったんですね。
その言葉を聞いてほっとしました。救われました」
環境変化が原因のせん妄状態は、そんなに長く続くものではありません。何日かすると、もともとの穏やかな性格に戻ったりするものです。
このお父さんも、最初の1週間は看護師が何かしようとするたびに殴りかかっていましたが、やがて環境に慣れてくると、笑うようにもなっていきました。
ですが、「親父は怒っている」と思い込んでいた息子さんはそのことを知らずにいたのです。
私が「笑ってかわいらしい人でしたね」と声をかけることがなければ、息子さんは、お父さんはつらくて苦しい入院生活の中で亡くなったのだと、きっと思い続けてしまっただろうと思うのです。
ですから、ご家族にも幸せな死を迎えたと感じてもらうために、私は患者さんのよき思い出を語るようにしています。