「無駄な失敗」を避ける、たった一つの方法

金沢 がんばります。ただ、率直に言って、『起業の科学』『起業大全』に書いてあることをすべて実践したからといって、「絶対に成功が保証される」はずはないと思うんです。ただ確実に、成功確率を高めることはできる。

 ぼくがずっとやってきた「営業」も、要するに「確率」です。営業で成功するためには、まず第一にアプローチするお客様の「母数」を増やすことです。営業は「確率論」ですから、「母数」が増えれば、「成約件数」も確実に増えるからです。

 ただ、「母数」を増やすために、闇雲に動くばかりでは能がない。もちろん、失敗から学ぶことはたくさんありますが、もとから「失敗確率が高いこと」をする必要はありません。できるだけ「無駄な失敗」を避けながら、成功確率を高める工夫をしてくべきですよね。そして、「無駄な失敗」を避けるために、最も有効なのは先人の「失敗」に学ぶことだと思います。

田所 よくわかります。営業と同じで、スタートアップも「確率論」です。「打席」に立つ回数を増やせば、成功する可能性は高まっていくものです。

 ただ、営業よりも格段にシビアなのは、スタートアップでは、一度でもクリティカルな失敗をしてしまうと、ほとんど再起不能となってしまうことです。たとえば、間違ったコ・ファウンダーを入れて安易に株を5%渡してしまったことで、のちのち取り返しのつかない事態を招いたりするわけです。

 だから、「失敗も大事な経験」「当たって砕けろ」の精神でスタートアップ型事業を立ち上げると、本当に当たって砕けてしまうこともある。ここも「0→1」のスタートアップと「1→10」の営業との違いですね。

金沢 本当ですよね。営業は一度失敗してもまたいけばいいし、アタックするお客様は世界中に78億人もいらっしゃる。失敗を取り返すことがいくらでもできる。

 だけど起業の場合、一度の失敗が命取りになる。それに、失敗が降りかかるのは自分だけではないし、お金という資源も限られている。かすり傷程度の失敗ならいいんですけど、致命傷を食らったら本当にアウト。致命傷を食らう確率は極限まで減らさなければならないと気持ちを引き締めています。

「小心者」のほうが成功する確率が高い理由金沢景敏(かなざわ・あきとし)
元プルデンシャル生命保険ライフプランナー AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
入社1年目にして、プルデンシャル生命保険の国内営業社員約3200人中の1位(個人保険部門)になったのみならず、日本の生命保険募集人登録者、約120万人の中で毎年60人前後しか認定されない「Top of the Table(TOT)」に3年目で到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な実績を残した。
1979年大阪府出身。東大寺学園高校では野球部に所属し、卒業後は浪人生活を経て、早稲田大学理工学部に入学。実家が営んでいた事業の倒産を機に、学費の負担を減らすため早稲田大学を中退し、京都大学への再受験を決意。2ヵ月の猛烈な受験勉強を経て京都大学工学部に再入学。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍した。
大学卒業後、2005年にTBS入社。スポーツ番組のディレクターや編成などを担当したが、テレビ局の看板で「自分がエラくなった」と勘違いしている自分自身に疑問を感じて、2012年に退職。完全歩合制の世界で自分を試すべく、プルデンシャル生命保険に転職した。当初は、アポを入れようとしても拒否されたり、軽んじられるなどの“洗礼”を受けたほか、知人に無理やり売りつけようとして、人間関係を傷つけてしまうなどの苦渋も味わう。思うように成績を上げられず苦戦を強いられるなか、一冊の本との出会いから、「売ろうとするから、売れない」ことに気づき、営業スタイルを一変させる。
そして、1年目にして個人保険部門で日本一。また3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織MDRT(Million Dollar Round Table)の6倍基準である「Top of the Table(TOT)」に到達。最終的には、自ら営業をすることなく「あなたから買いたい」と言われる営業スタイルを確立し、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な業績をあげた。
2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReebo(アスリーボ)株式会社を設立した。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。

田所 そうですね。金沢さんが立ち上げた事業は、アスリートの生涯価値を最大化するのがミッションです。そして、そのプロジェクトを成功させるうえで「資産」となるのは、金沢さんが懇意にしているアスリートの皆さんです。その方々が力を貸してくださるからこそ、一般の方々の注意を惹きつけることができるんですからね。

 ところが、金沢さんのアスリート人脈がいかに広いとはいえ、アスリートの皆さんは無限にいるわけではありませんし、皆さんにご迷惑をおかけするわけにはいかない。だから、「いくら失敗してもいいや。ガンガンいこうぜ」ではなく、ちょっとずつ試して検証しながら、大事に大事に進めていく必要がある。それでも、バケツに穴が空くようなことは起きますから、そのときにはすぐに穴を塞ぎながら、慎重に進めるわけです。

金沢 なるほど。リスクを敏感に察知して、慎重に事を進める「小心さ」が大切ということですかね?

田所 そうですね。いい意味での「小心さ」は、成功者の要件と言うべきでしょうね。そして、そのうえで、しっかりと「狙い」を定める必要がある。ボウリングでいえば、闇雲にボールを転がすのではなく、投げる前に「どのピンを倒しにいくのか」と狙いを定める必要がある。

 すべてのピンが立っている状態だったら、もちろんセンターピンに狙いを定めますよね? ピンは10本あっても、狙うピンは1本。その「1本」を倒せば、10本倒すことができる。そう考えると進む道はシンプルになります。

「戦いを略する」と書いて戦略。センターピンだけに集中して、残りの9本は意識から外す。戦わなくていいところでは戦わない。戦うべきフィールドを決める。そして、そのフィールドに全勢力を集中させる。これが、リソースの限られたスタートアップに不可欠な「戦略」なんです。

金沢 耳が痛いですね。田所さんに教えを請うまでのぼくは、本当に迷子だった。「これもやりたい。あれもやりたい。アスリートたちは賛同してくれている。だから、全部やりたい」とわくわくする気持ちと、「でもこれって、本当に皆さんがお金を払って買いたいサービスなのかな?」と迷う気持ちが自分の中でぐるぐる回っていて……。葛藤して、悩むばかりで、自分の進むべき「道筋」を絞りきれなかったんです。

 でも、田所さんの教えを受けて、考え方の整理がだいぶできるようになりました。まだ「センターピンをどこに置くのか」までは定まっていませんが、考えがだんだん整理できてきました。「余計な失敗」「致命傷となる失敗」をしないために、田所さんから教えていただいている「戦略」を早く自分のものにしたいですね。

田所 がんばりましょう!

(第3回に続く)