「土地と資源」の奪い合いから、経済が見える! 仕事に効く「教養としての地理」
地理は、ただの暗記科目ではありません。農業や工業、貿易、交通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問です。また、2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定しました。
地理という“レンズ”を通せば、ダイナミックな経済の動きを、手に取るように理解できます。地理なくして、経済を語ることはできません。
本連載の書き手は宮路秀作氏。代々木ゼミナールで「東大地理」を教えている実力派講師であり、「地理」を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と大好評。講義の指針は、「地理とは、地球上の理(ことわり)である」。6万部突破のベストセラー、『経済は地理から学べ!』の著者でもあります。
世界をリードするニュージーランドの農業
本日は世界をリードするニュージーランドの農業についてお話しします。みなさんはニュージーランドの最大輸出品目をご存じでしょうか?
チーズやバターといった酪農品です。ニュージーランドでは園芸農業、畜産業と並んで、酪農が広く営まれていることが有名です。
さてニュージーランドで酪農が発達する「土台」はいったいどこにあるのでしょうか?
酪農とは、牛や山羊などを飼育し、チーズやバター、生乳などの乳製品を生産して販売することを目的とした農業です。産業革命以降のヨーロッパにおいて広く発達しました。
産業革命は、蒸気船や蒸気機関車などの登場によって、遠隔地からの短時間・大量輸送が可能となった時代です。これは新大陸からの安価な穀物輸入を可能にしました。
安価な穀物が輸入されてきたヨーロッパでは農家が大打撃を受け、農業経営の改善を迫られたのです。そこで肉類の販売に特化した農家は混合農業を、野菜や花卉(かき)の販売に特化した農家は園芸農業を、乳製品の販売に特化した農家は酪農をそれぞれ始めました。
特に北緯50度以北はかつての氷食地であるため、穀物栽培が困難な地域でしたが、夏季の冷涼な気候を活かし、酪農が発達します。ドイツ北部やデンマーク、ポーランドなどはまさしくその典型例です。
そして大事なのは、酪農は近郊農業だということです。近郊農業は、大都市近郊で発達する農業のことで、大市場となる大都市への出荷を目指します。これは「輸送コストを低くすること」と、「輸送時間を短くすることで高鮮度を保持すること」が目的です。
ニュージーランドの「豊かすぎる」自然環境
ニュージーランドは温暖で降水量が豊富な国で、永年、牧草に恵まれます。国土面積に占める農地の割合は42.1%で、さらに農地面積のうち91.8%が牧場・牧草地です。
牧草に恵まれるということは、牛舎や飼料が要りません。広大な牧草地を囲って、そこで放牧しておけばよいのですから、舎飼いのための大規模な牛舎を建設する必要がありません。さらに放牧している牛は糞尿を垂れますので、これは天然の肥料となります。
ニュージーランドは年中平均して雨が降りますので、明瞭な乾季がありません。そのため、常に牧草が生育していますし、土壌中の水分も絶えず供給されますので不毛地となることはありません。
これほどまでに人間の手がかからない農業経営も珍しいのです。経営コストを低く抑え、労働時間を短くできるという利点があります。
これらすべてが、ニュージーランドで酪農が発達する「土台」なのです。最近では、牛の泌乳量を増やすために牧草以外の飼料を与えるなどの改善も進んでいます。
ニュージーランドは平均年収が4万5817ドル(2019年・世界第18位)とかなり高いのですが、国内人口は約490万人しかいません。国内市場は小さいといえるでしょう。それゆえに輸出志向型の農業経営が見られます。