「土地と資源」の奪い合いから、経済が見える! 仕事に効く「教養としての地理」
地理は、ただの暗記科目ではありません。農業や工業、貿易、交通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問です。また、2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定しました。
地理という“レンズ”を通せば、ダイナミックな経済の動きを、手に取るように理解できます。地理なくして、経済を語ることはできません。
本連載の書き手は宮路秀作氏。代々木ゼミナールで「東大地理」を教えている実力派講師であり、「地理」を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と大好評。講義の指針は、「地理とは、地球上の理(ことわり)である」。6万部突破のベストセラー、『経済は地理から学べ!』の著者でもあります。

土地も資源もないシンガポールが豊かな国になった「地理的背景」とは?

シンガポールに学ぶ「経済発展」

 シンガポールは1人当たりGDPが5万8902ドル(2020年・世界第8位)、1人当たりGNIは5万8187ドル(2019年・世界第14位)と非常に高く、ともに日本よりも高い数値です。

 この指標を見てもわかる通り、シンガポールは立派な先進国です。では、シンガポールのどこに強みがあるのでしょうか?

 シンガポールの国土面積は東京特別区(23区)と同じくらいで、非常に狭い都市国家です。そのため鉱産資源には恵まれず、農耕地も広くとることはできません。

 さらに山がないので、流れ出る河川がほとんど見られず(河川は高いところから低いところに向かって流れます)、水資源に乏しい国です。水資源はマレーシアからの輸入に依存しています。

 一方、北緯1度とほぼ赤道直下に位置しているため、台風の影響をほとんど受けないという特徴もあります。台風の影響を受けやすいフィリピンなどでは、台風の度にインフラが壊され、多くの人命が奪われてしまいます。

 これはとても大きな経済的打撃です。台風の被害を受けないこと、これがシンガポールに与えられた「土台」といえます。

 シンガポールは、第二次世界大戦中は日本の占領地でした。戦後はイギリスの植民地支配に戻り、その後1963年にはマレーシア連邦を結成します。

 しかし、マレー人優遇政策を進めるマレーシア中央政府と、平等政策を進めたい人民行動党との間で対立が生じます。1965年、マレーシア連邦から追放される形で、シンガポールは独立します。それから6年後、マレーシアでは正式に「ブミプトラ政策」としてマレー人優遇政策が進められていきます。

キーワードは「みんな仲良く」

 土地がない、資源がない。そんなシンガポールは、独自の成長戦略を描いていきます。

 シンガポールは国民の4分の3が中国系です。しかし中国系を優遇するような政策はありません。

 中国系以外のマレー系、タミル人(インド系)を平等に扱います。具体的には、中国系が話す中国語、マレー系が話すマレー語、タミル人が話すタミル語のすべてを公用語に制定しました。えこひいきはしないということです。

 主要民族の言語をすべて公用語にしたため、民族対立はほとんどなく、非常に政情が安定した国です。また英語も公用語として制定されています。

 これは、それぞれ母国語が違う国民同士の共通の言語として広く話されているからです。「みんな仲良く」が国是なのです。

 英語が公用語、そして政情が安定している。これは、海外からの投資を呼び込むのに十分すぎる条件です。そのためシンガポールでは、民族問題にすごく敏感で、民族対立をあおるような言論は法律で厳しく取り締まられます。