胴元に求められる2つの絶対条件
ところで、この違法な野球賭博を運営している人物とは、何者なのだろうか。
角界における賭博報道の断片的な情報から多くの人が推測した通り、暴力団関係者が胴元になっている場合が多いのは確かだ。しかし、暴力団関係者だからといって誰でも胴元になれるわけではない。それ以上に重要な要素は、万一のリスクを吸収できるだけの資金力、そして、持続的に賭けに参加する「金持ち」との人脈を持っていることだ。
他の賭博と同様に、賭けの参加者が少ないときや、客が賭ける対象が分散するときには、胴元が損することもある。これはどういうことか。
例えば、巨人・阪神戦を対象に、客Aが「巨人の勝利に100万」、客Bが「阪神の勝利に250万」賭け、巨人が勝利して客Aの「丸勝ち」となった場合。胴元の手元には350万あるので、その中から「180万円(掛金の倍額から1割の寺銭20万円を引いたもの)」をAに渡せばいい。しかし、ここで阪神が勝利してしまった場合、Bに対して「450万円」を払い戻す必要があり、胴元は100万円を自腹で支払わなければならなくなるのだ。
胴元が儲かるような仕組みになっているものの、このような事態は、運営上ある程度避けられない部分ではある。それ故、胴元には、「もしマイナス分が発生したとしても、運営継続に支障をきたさないだけのカネを持っているか」ということが求められる。
各仲介者は、それぞれ数名から数十名程度の客を抱え、1週間で100万円程度の賭け金を引き受ける場合が多いが、それぞれの客の間で賭け金の比率が「5:5」と均等になるケースはまず存在しない。先述の通り、基本的には「オッズ」の調整により、あからさまな掛金の偏りは生じないように調整されるが、各試合ごとにどちらかに偏りが生じてしまう。
胴元は、各仲介者の中で必ず発生するこの「余剰賭け金」を一手に引き受け、調整する役割を果たす。それによって、人数にして数百名、金額にするとときに数千万円といった大金を動かし、その1割分の寺銭を毎週受け取ることができるのだ。
無論、「ハンデ」の設定がうまくいかないと剰余金の調整がつかなくなり、自腹を被るリスクが高まることも意味する。実際に、現在も全国にいくつもの胴元が点在しているが、自腹がかさみつぶれる胴元も少なくないという。
これも他のギャンブルと同様だが、賭けの参加費である寺銭を受け取っている胴元は、運営を続ければ続けるほど損金を取り戻し、儲かる仕組みになっている。つまり、胴元には、一時的に損失が生じてしまったときに倒れないだけの資金力が求められるのだ。
胴元の資格としてもう一点挙げられるのは、継続的に賭場に足を運び、カネを支払ってくれる参加者へとつながる人脈だ。角界のスキャンダルで言えば、力士の髪を結う床山や引退済みの力士など、運営側から「仲介者」と呼ばれる人間との人脈である。
「野球賭博は毎日最大6試合あるし、競馬・競輪やパチンコと違って結構な確率で勝てる。それに、週に一度の決済だから、週の前半で負けても、週末に大きな額を賭ければ、一気に逆転することもできそうな気にもなってくる。それが一番の魅力かな。だから、カネと時間がある人間が一番いい客になるんだよね。昼間から、ああでもない、こうでもないと情報を調べて、数十万、数百万のカネを動かせる立場にあったりしたらちょうどいい。1回でも賭けたカネが倍なる経験をすれば、のめり込んじゃうんだよ」
現役力士の月収は十両以上で100万円以上、幕内上位だと200万円以上にのぼる。「1日数万円をギャンブルに使っても平気。むしろ博打好きでハマりこんでくれる金持ち」をつかまえることができれば、胴元は安泰となる。だからこそ、胴元は、金持ちとのパイプを持つ人間、例えば、床山の他にも、高級クラブ・性風俗店の経営者や弁護士、会計士、保険外交員、不動産業者などにコンタクトをとり、彼らを仲介者とする。また、仲介者も成果に応じて手数料が積み上るため、必死に客を増やそうとするのだ。
仲介の連鎖は何重にも重なっており、そのピラミッドが大きくなるほど、胴元の扱い高も増加する。仲介者のもとには、自分の下に直接ついた客からの賭け金と、さらにもう一つ下の仲介者が処理しきれなかった余剰分の賭け金が納められる。自分のところで処理できない余剰賭け金はさらに上の仲介へと上がっていき、最終的に胴元である組織に納められる。
胴元にとって最大のリスクは、警察に「賭博開帳図利罪」で摘発されることである。しかし、このピラミッドの特徴は、そこに属する関係者の全容把握が極めて難しいことにある。
それぞれの仲介者は、自分の一つ上にいる仲介者までしか知らされていない。そのため、「枝」が摘発されたとしても、組織全体が検挙されることはない。警察が摘発に動き出したとしても、個々の賭博行為の有無は把握できるが、胴元まで到達するのは容易ではないのだ。
通常は、仲介者と客は顔が見える関係にあり、また賭博行為の共犯関係にもあるため、裏切りが起こりにくい。仮にどちらかが裏切ろうとしても、通常は両者が賭博に手を染めていることから、表沙汰にはなりにくく、またピラミッド外部の人間からの告発があったとしても、そこを起点に芋づる式にピラミッドの全貌を明らかにする、ということも困難である。