千人計画脅威論のウソPhoto:PIXTA

海外の科学研究者を呼び込むことを目指す中国の国家事業「千人計画」に関連し、日本人研究者が中国への技術流出に利用されているとの批判が昨年から強まっている。だが、そうした批判の論拠が脆弱(ぜいじゃく)であるばかりか、すでに日本の科学研究はさまざまな分野で中国に追い抜かれている。日本からの人材流出の原因となっている、国内の深刻な研究環境こそ見直されるべきだ。(病理医、科学・技術政策ウォッチャー 榎木英介)

甘利氏ブログなどで広がった「千人計画脅威論」
在中国の日本人研究者で起きた問題とは

 昨年秋、政府が日本学術会議の会員任命を拒否するという問題が起き、発足直後の菅義偉政権がその根拠を明確に示せなかったために批判を浴びた。

 この時と前後して、中国政府が実施している海外研究者を集める国家事業「千人計画」と日本学術会議の関連を指摘する声が、政権に極めて近い人物から上がった。自民党の重鎮で「経済安全保障」の旗振り役である、甘利明・党税制調査会会長である。

 甘利氏は昨年8月、自身のブログで「日本学術会議は中国の千人計画に積極的に協力しています」などと記載。日本政府などが事実と異なると指摘したため、甘利氏は表現を修正した。

 だが、その後も両者を関連付けた見方は消えない。「千人計画は、外国人研究者を狙った技術窃盗のための中国の国家プロジェクト」「参加は極秘であり。軍事関連の技術流出と引き換えに多額の報酬が支払われる」などといった論調が相次ぐ。

 その結果、中国に滞在している日本人研究者が激しいバッシングに遭っている。今年の元日以降は、読売新聞が「千人計画」に関するこうした趣旨の記事を連発しているが、事実とは異なる。

 実際に中国などへの軍事技術の流出に携わっている日本人研究者がいるとすれば、法に基づいて適正に対処し、犯罪に該当するならば摘発すべきだ。

 ただし一連のバッシングを生んだ論調は、実態とは異なる「千人計画脅威論」をあおるものでしかない。これらは、本来必要な研究への取り組みを鈍らせるばかりか、日本の科学研究がすでにさまざまな分野で中国に追い抜かれているという「不都合な真実」を、多くの日本人から覆い隠してしまう事態を生み出しかねない。

 そもそも「千人計画」とは何か、基本的な知識を概説したい。