美を生み出す人間の創造性を復権する動きが、
世界で今起こっている

 サンマルコ広場の対岸にある、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島が会場となり、旧修道院の建物や、図書館、一九六〇年代に建てられた旧市民プールなどを使い、二〇一八年には一六の展示が設けられました。

行き過ぎた工業化への対抗運動<br />ヨーロッパで注目される<br />「新しいルネッサンス」とはサン・ジョルジョ・マッジョーレ島。Photo: Adobe Stock

 各展示会場ごとに一人のキュレーターがついて、ヨーロッパ各地から集められた職人による作品展示や実演、ワークショップなどが行なわれました。

 エルメスの馬具職人、ロブマイヤーのガラス職人、シャネルの刺繍(ししゅう)職人、スイスの時計職人、フランスのジュエリー職人。観客は、ふだんは表に出ることのない職人たちと実際に出会うことができ、さらには彼らの制作風景や圧倒的な技術を、目の前で見ることができます。

 この展示会の大きな特徴は、本来はリシュモンの競合相手とも言えるラグジュアリーブランド、エルメスやシャネルなどの工房も参加していることです。世界の主要なラグジュアリーブランドのほとんどが参加していると言っても過言ではありません。

 世界的なラグジュアリーブランドには、時代を超えて受け継がれてきた美意識が凝縮されています。

 美への感性を連綿と磨いてきたブランドが、自分たちのブランドの技術だけを誇るのではなく、皆で協調して、工芸技術全体の価値を発信しようとしているのです。

 ミケランジェロやダ・ヴィンチのような大芸術家が存在し、人間性を称揚したかつてのルネサンス。それにも通じるような、美を生み出す人間の創造性を復権する動きが、世界でまさに今起こっているのです。

 機械やコンピュータの力が大きくなった現在の社会にあってこそ、工芸へと立ち返り、すべての人が持っている創造性を再認識することが、世界的なうねりとなって重要性を増しています。

 ミケランジェロ財団の言葉を借りれば、「小さな、しかし決定的な対抗運動が起こっている」のであり、行き過ぎた工業化に対するアンチテーゼとして、今、世界で工芸が大きく注目されているのです。

細尾真孝(ほそお・まさたか)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。