よほどうれしかったのだろう。彼はイギリスのインディペンデント紙の記者に次のように語っている。

「(ソマリアでの)米軍の士気は驚くほど低かった。そして我々はアメリカがペーパータイガー(張り子の虎)にすぎないと確信した」

 再びアフガニスタンに戻ったビンラディンはタリバン政権の庇護を受け、最高指導者ムハンマド・オマルと親密な関係を築いて、1998年にはタンザニアとケニアの米国大使館をほぼ同時刻に爆破。アメリカ人12人を含む229人を殺害した。

 さらに、2000年10月にはアメリカ海軍駆逐艦「コール」に自爆攻撃を仕掛け17人の水兵を殺害している。

 そしてついにその日がやってきた。2001年9月11日の米同時多発テロである。テレビ中継されたその想像を絶する光景は全世界に激しい衝撃を与えた。この日を境に世界の景色が変わったようだった。

 航空機の運航が再開されるとすぐに筆者は現地に飛び、無残なテロの爪痕を取材した。炎上し轟音とともに崩れ落ちたニューヨークの世界貿易センタービル。無残に突き破られたバージニア州アーリントンの国防総省本庁舎(ペンタゴン)。ハイジャックされ米議会議事堂に向かう途中で犯人と乗客がもみ合いになりペンシルベニア州で墜落してバラバラになったユナイテッド航空93便の残骸。

 19人のテロリストを含む3000人近く(日本人24人)が死亡し、2万5000人以上が負傷するという大惨事だった。