安倍政権の「コレジャナイ」女性活躍にはもううんざり

 安倍政権は、女性活躍の名の下にそういう「コレジャナイ」女性登用を続けては、女性の有権者を何度となくガッカリさせ続けてきた。これはもう嫌がらせなんじゃないか、いやきっと嫌がらせだ、絶対それが目的だ、と思うほどに。その真骨頂が第3次安倍第2次改造内閣での稲田朋美の防衛大臣登用と失言引責辞任だ。「女性」×「防衛」という絵面を提供してくれるメガネっ娘で網タイツの「朋美たん」に、年配のネット右傾男性たちが沸きに沸く傍で、同じ女性有権者は「これが安倍政権のいう女性活躍なのか?」と首をひねっていた。

 女性防衛大臣という名前と姿に満足しているのは男性ばかり。まるで大奥のような寵愛型の女性登用、つまり「年長の男性が、自分が見たい女を自分の裁量で引き上げてやっている」風景しか見えず、女性の共感は完全に置いてきぼりで、当の女性たちには活躍して輝ける未来なんて見えなかった。むしろ「なんだ、やっぱり結局それなのか」と失望しかなかったのだ。

 稲田朋美や高市早苗は、そういう登用を受けてきた、当時アベガールズと言われた人たち。「ほら、女の人ですよ。どうです、新しいでしょう」「うわーすごい、女の人だー」。「目新しい形」をした政治家に、中身のない期待をさせられては失望するのは、安倍政権時代で十分やった。政治家としての価値の筆頭に、まず「女であること」が出てくる女性政治家の能力や資質を疑ってかかれるようになったのは、安倍政権時代の学習効果なのだろう。ありがたい限りである。