また、今後の社会が、「コロナが起こってからの社会」であることは間違いないのだが、「新しい社会の開拓」とだけ言われても、現状の社会を否定する意味しかない。

 会議に参加する有識者さんたちは、推察するに「何かお役に立てたらいい」というくらいの善意から参加されるのだろうが、会議自体が時間と手間の無駄になるだろうと予想する。有識者さんたちにとって指名を受けたことは不名誉ではないだろうから、会議自体の存在はいいとするとしよう。

 それにしても(この種の会議の出席謝礼は極めて安いので、お金はそれほど無駄になってはいまい)、サラリーマンの立場から推察して何とも気の毒でならないのは、会議の事務局を務める官僚さんたちだ。このような無意味な会議の成果をどのように着地させるといいのか、想像しただけで目が回りそうになる。

財務次官の「バラマキ合戦」批判で
緊縮財政へ傾斜しないかが当面の心配

 岸田氏が中身を十分把握せずに、思いつきか言葉の勢いで「新しい資本主義」という言葉を唱えたことは、まあいいとしよう。わが国の政治家にはよくあることだ。岸田氏の症状はかなり重いとは思うが、「ネクタイを締めた、しゃべる空箱」のような政治家は与野党を問わず少なくない。

 気持ちが悪いのは、「新しい資本主義」を唱える岸田氏が、現状の経済政策の何を変えようとしているのかが分からないことだ。少なくとも何かを変えなければ「新しい」とは言えないのだから、彼は何かをしようとしているらしい。

 首相就任前に強調していた金融所得課税の見直し(=税率引き上げ)は、一転して当面封印するようだ。封印自体は結果的に正しいのだが、これだけ簡単に意見が変わると有権者は、衆議院選挙で岸田総裁の自民党に何を期待して投票したらいいのかが分からなくなる。

 当面の心配は緊縮財政への傾斜だ。次の衆議院選挙を経ても、おそらく岸田氏が首相だろうが、政治家が掲げる政策を「バラマキ合戦」と批判した財務官僚のような人に感化されて、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の目標にこだわるような愚策に陥ることが心配だ。

 何が「新自由主義」なのかも、たぶん「資本主義」が何のことなのかも分かっていない首相が、立派に聞こえる言葉の響きだけで「プライマリーバランス」や「財政再建」に共感する心配が大いにある。しかし、これらは、現在こだわるべき概念ではない。