ソ連が崩壊してロシアになり、日本の交渉相手がボリス・エリツィン大統領になってからも、ロシアの状況は変わらなかった。

 ただ、日本の期待はまったく根拠のないものだった。当時、ロシアが日本の経済協力を求めていたのはたしかだが、それと引き換えに領土返還に応じる考えはなかったといわれているのである。

 その後、日本とロシアは1993年の「東京宣言」で四島帰属の平和的解決を目指すことに合意したり、1997年の「クラスノヤルスク合意」で2000年までの平和条約締結目標に合意したりした。しかし、具体的な進捗はみられず、長いこう着状態が続いた。

 そうしたなか、安倍晋三首相(当時)がロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談を重ね、2013年には「引き分けの精神」で解決を目指すことに合意する。2019年には「日露平和条約」の締結交渉がスタートした。

 しかし、安倍首相が二島返還での早期解決をはかったのに対し、ロシアは「四島は第二次世界大戦の結果、正当にロシア領になった」と主張し、交渉は停滞。解決への道はみえなくなってしまった。

軍事戦略的に重要な拠点を
簡単に手放すわけにはいかない

 そうしている間にも、ロシアは北方四島の実行支配を固めている。そもそもロシアが四島に固執する理由のひとつは軍事面にある。

 四島は太平洋への出口に位置しており、アメリカ軍と対峙する場所でもある。ロシアにしてみれば、この地を基地化することで太平洋でのアメリカ軍の活動を抑止することができる。だから、大国の隅にある小さな島々とはいえ、そうやすやすと手放すわけにはいかないのだ。

 実際、国後島と択捉島にはすでに艦艇攻撃用ミサイルや新型戦闘機が配備されているし、ロシア軍による北方領土での軍事演習も増えている。

 ロシアのこうした動きの背景には、北方領土を自国の領土だと誇示するとともに、アメリカを牽制する目的もあると考えられている。北方領土の戦略的な重要性が高まり、ロシアの実効支配が強まれば強まるほど、日本への返還の望みは小さくなっていくのである。