1200年続く京都の伝統工芸・西陣織の織物(テキスタイル)が、ディオールやシャネル、エルメス、カルティエなど、世界の一流ブランドの店舗で、その内装に使われているのをご存じだろうか。衰退する西陣織マーケットに危機感を抱き、いち早く海外マーケットの開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏だ。その海外マーケット開拓の経緯は、ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている元ミュージシャンという異色の経営者。そんな細尾氏の初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』がダイヤモンド社から発売された。閉塞する今の時代に、経営者やビジネスパーソンは何を拠り所にして、どう行動すればいいのか? 同書の中にはこれからの時代を切り拓くヒントが散りばめられている。同書発刊を記念してそのエッセンスをお届けする本連載。好評のバックナンバーはこちらからどうぞ。

西陣織の海外マーケット進出を一気に加速させた、世界初の発明とはザ・リッツ・カールトン東京 客室のヘッドボード、クッションを彩る細尾のテキスタイル

一五〇センチ幅を織ることができる
織機の開発に着手

 建築家のピーター・マリノ氏からの依頼に応えるには、高い壁が立ちはだかっていました。

 それは生地幅の問題です。西陣織の伝統的な生地幅は三二センチ。その幅しか織れないために、ソファーをつくっても継ぎ目だらけになってしまったため、ソファーからクッションへと移行した経緯がありました。

 店舗の内装に使うための織物としては、世界の標準幅である一五〇センチ幅が必要です。でもその幅を織ることができる織機は、西陣にはありませんでした。

「ないんだったら、つくるしかない」

 私はそう思いました。

 しかし海外展開で赤字を垂れ流しておいて、さらに新しい織機をつくるなんて。それに、開発にチャレンジしても、成功するかどうかわからない。費用もいくらかかるかわからないし、本当にできるかどうかも、やってみないとわからない。悶々と悩みました。

 ただ私自身は、それまで海外の見本市に足を運んで売ってきたなかで、ある確信がありました。

「ここを突破しないと、世界での勝負には絶対に勝てない。逆にここを突破すれば、西陣織には他の世界にない独自の素材や技術があるので、絶対に勝てる」

 国内でのきもの産業の危機を打開する、絶好のチャンスにさえ思えたのです。

 だから私は、「世界の標準幅である一五〇センチ幅を織れるようにする」ことにこだわりました。

「それはできない」という固定観念をはねのける「挑戦」こそが、細尾が脈々と受け継いできたDNAでもあり、父も後押しをしてくれました。

 そういうわけで世界初の、一五〇センチ幅を織ることのできる西陣織の織機開発に入ったのです。工房長の金谷が中心になって、西陣の職人と連携して進めました。西陣にいる織機のスペシャリストにも、プロジェクトチームに入ってもらいました。