京都の伝統工芸・西陣織のテキスタイルがディオール、シャネル、エルメス、カルティエなど世界の一流ブランドの内装などに使われているのをご存じでしょうか。日本の伝統工芸の殻を破り、いち早く海外マーケット開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏です。その取り組みは、ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている異色経営者。本連載では、そんな細尾氏の初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)からそのエッセンスをお伝えしてきました。今回からは特別編として対談形式でお届けします。第1回のお相手は、東京藝術大学名誉教授の秋元雅史氏です。細尾さんと秋元さんの2人が、美意識とイノベーションについて語り尽くします。好評のバックナンバーはこちらからどうぞ(構成/北野 啓太郎、撮影/石郷友仁)。

海外のアートシーンではあり得ない、日本特有の不思議な現象とは?Photo: Adobe Stock

 

プロのミュージシャンが、家業の西陣織を継ごうと決意

秋元雄史(以下、秋元) 初の著書の出版、おめでとう。はじめに目を通したときに「なるほど」と思ったのが、美しいものづくりをする、新しいものづくりをする、ということへの想いを本の冒頭でまとめているというのが、ちょっと新鮮な驚きがあった。相当抽象的なテーマだと思うんだけど、このへんを冒頭に持ってきたのは、どういう思いだったの?

細尾真孝(以下、細尾) そうですね。家業の西陣織がなんで1200年も続いてきたのかなということを考えたときに、非常にあいまいな「美」というものを上位概念に置いてきたからこそ、ここまで続いてきたのではないかと。一言で言うと「美と協業と革新」というのが、西陣織のDNAだと思います。美という抽象的なものだからこそ、人によっていろんな解釈ができます。ただ、より良いもの、より美しいものをつくりたい。その美意識をもって活動していく。そこがすごく重要なんじゃないかと。そういったところから、本の冒頭にその考えを入れました。

秋元 よく言われるのは、一方で工芸品は用途があるし、その時代その時代に合わせてプロダクトとしても生きていかなくちゃいけない。そうすると純粋美術(ファインアート)みたいに抽象的な美の探求だけでは、いけないんじゃないか。特に西陣織などは、地場の産業として非常に重要な役割を担ってるわけだし、そのへんのところは、どういうバランスなのかな。

細尾 そうですね。工芸ですから、基本的には自分たちつくり手だけで成立するものではなくて、それを求めるお客様がいて初めて成立するというのはあります。当然、西陣織もお金に糸目をつけないお客様からのオーダーメイドで織物をつくり続けてきた時代から、明治維新を境に世の中がガラッと一般大衆の時代に変わったときに、それぞれ西陣の立ち位置というのは変わってきたと思います。