この波に乗らなければいけない
しかし、万全のチームを組んでトライしたのですが、開発はそう簡単には行きませんでした。
いちばんのハードルは、箔の糸を織り込むことにありました。
箔の糸とは、和紙に本金や本銀を貼り、それを細かくカットした西陣織の特徴的な素材のことです。糸は通常撚糸(ねんし)と言って、糸をより合わせてつくられるため立体的なのですが、箔はいわば紙を切っただけの状態なので、限りなく平面に近いのです。
平面だからこそ、面全体で発光する美しさがある、特別な素材です。
一方で、裏返ると傷になりますし、捻(ねじ)れると効果が出ません。箔を織機の中で、コンマ何ミリの精度で真っ直ぐ、裏返らないように扱うのがとても難しいのです。
帯に箔を織り込むときには、通常、竹べらに箔を乗せて手で織り込んでいきます。熟練の職人の手作業を織機の中に組み込むのですから、簡単ではない高いハードルでした。
しかし、西陣織ならではの素材・技術が使えなければ、海外では勝負にならない。そのためには、どうしても箔の糸を織り込む必要がありました。
私は海外で「負け戦」を繰り返してきたからこそ、マリノ氏からオファーが来たときに「かつてない織機を開発しよう」という大胆な発想になれました。
もし海外展開の一年目で同じオファーが来ていたら、「一五〇センチ幅の織機はないので、織れません」と断っていたと思います。勝てない海外戦を続けてきたからこそ、ビジネスの勝負勘が働いたのです。
「この波に、絶対に乗らなければいけない」
そう確信していました。