リモートワーク、残業規制、パワハラ、多様性…リーダーの悩みは尽きない。多くのマネジャーが「従来のリーダーシップでは、もうやっていけない…」と実感しているのではないだろうか。
そんな新時代のリーダーたちに向けて、認知科学の知見をベースに「“無理なく”人を動かす方法」を語ったのが、最注目のリーダー本『チームが自然に生まれ変わる』だ。
部下を厳しく管理することなく、それでも圧倒的な成果を上げ続けるには、どんな発想転換がリーダーに求められているのだろうか? 同書の内容を一部再構成してお届けする。
ホメオスタシスを味方につけ、
チームの駆動力にする
前回の記事では、世の中によくある「なるべく意識して○○するようにしましょう」とか「もっと○○するように気をつけましょう」といったメッセージには、「心理的ホメオスタシス(恒常性)」を否定する「隠れ根性論」にほかならないという話をした。
こういう助言を真に受けて、自分のホメオスタシスとがむしゃらに戦い続けていると、心のほうが壊れてしまう。
何か行動を変えるためには、ホメオスタシスの「基準点」となるコンフォートゾーンそのものを動かしてしまうしかない。つまり、「現状」とは異なる世界に臨場感の軸をずらし、脳が本能的に引き返そうとする基準点を変えてしまうわけだ。
生理学的なホメオスタシスで言えば、これは「平熱」を変えることに等しい。
※参考:過去記事
「すぐサボろうとする人」と「ずっと努力できる人」の根本的な違い
https://diamond.jp/articles/-/288259
ところで、本当にそんなことができるのだろうか?
無理やりに洗脳されたのならまだしも、「現状の外側」に臨場感を抱くことなど、常識的に考えればできそうにない。
しかし、それが可能な「現状の外側」が1つだけある
それこそが、個人の「真のWant to(心からやりたいと思えること)」に根ざしたゴール世界だ。
その人が心の底から実現を望む理想状態だけは、たとえそれがどれだけ現実離れしたものであっても、そこに没入し、リアリティを生み出すことができる。
臨場感が十分に高まれば、そんな世界を「実現できる気がする/実現できる気しかしない/実現できてあたりまえだ」という具合にセルフ・エフィカシー(自己効力感)も高まっていくし、結果的にそのための具体的なアクションも引き起こされる。
そういうふうに人間はできているし、これまでもずっとそうやって世界を変えてきたのだ。
ホメオスタシスの基準点が完全に書き換わってしまえば、もはやこの「元に戻ろうとする力」が邪魔をすることはない。それどころか、この本能の作用は、心から望むゴール世界に向かう原動力となってくれる。
現実にどんな壁が立ちはだかろうと、無意識は「私の本当の居場所はここではない! こんなところで諦めてはいけない!」と呼びかけ続けてくれる。だから「熱量」が失われることもなくなる。心理的ホメオスタシスは、どんな外的刺激よりも強く行動を促す作用を持っているのだ。
決断とは「認知上の片づけ」。
勇気や気合いはいらない
その際に必要になるのが、「Have to(=やりたくないけど、やらねばならないと思っていること)を捨てる」という決断だ。
ここでカギになるのは、まず「捨てる方法」についてあれこれ考えてから、そのあとに「捨てる決断を下す」という一般的なプロセスを逆転させ、ひとまず「決断」を先行させる点である。
なぜ「決断が先、プロセスは後」でなければならないのか?
当然、ホメオスタシスが邪魔をするからだ。
たとえあなたがそのHave to(たとえば出社)を面倒でイヤなものだと感じていても、結局のところ、あなたの無意識はその「現状」を心地いいと感じている。不満を抱きながらも、そうやって会社に出かける日常に安住しきっている。
口では「やせたい」と言いながらも、「太っている自分」を快適だと感じてしまっている。
上司の前では「仕事で結果を出したい」と言っていても、「そこそこのレベルの仕事」に満足してしまっている。
そんな状態のまま「Have toを捨てる方策」を練ったとしても、ホメオスタシスの強固な砦を打ち破ることはできない。
まずHave toを捨てる「決断」をしないかぎり、われわれの脳はこれまでと同じことを繰り返してしまうだろう。
実行が難しく思える事柄ほど、先に決断を下す必要がある。
決断する段階では「どうやって捨てるか」「捨てたあとどうするか」はいったん思考の外に追いやるほうがいい。
これを考え出すと、ホメオスタシスが働き出してしまい、内部モデルの変更が起こり得ないからだ。
「決断が先、プロセスは後」がHave toを捨てるときの大原則なのには、こうした理由がある。
ところで、決断とは「断つものを決めること」でしかない。
つまりこれは、いわゆる「勇気」のような精神論とはまったく無縁のものであり、認知科学的に言えば、自分の認知のなかから「捨てるべき現実」を決定する作業にすぎない。
決断とは単に「脳のなかの出来事」でしかないのだ。
しかしながら、この「単なる脳のなかの出来事」は、認知レベルでは大きな意味を持つ。
VRがその典型だが、脳はある表象が現実なのか空想なのかを区別しない。
最も高い臨場感を持つ世界こそが、脳にとっての「現実」である。
だからこそ、これまでの「現状」を捨てるという決断は、脳がそれまで投影していた世界から臨場感を奪うことにつながる。
これまでの「現状」から臨場感が失われていけば、われわれの無意識はよりリアルな「別の現実」を必死に探しはじめる。
その結果、その「新しい現実」に最適化された内部モデルが脳内に構築され直していく。
これこそが、決断によって内部モデルの劇的変化が引き起こされるプロセスである。