リモートワーク、残業規制、パワハラ、多様性…リーダーの悩みは尽きない。多くのマネジャーが「従来のリーダーシップでは、もうやっていけない…」と実感しているのではないだろうか。
そんな新時代のリーダーたちに向けて、認知科学の知見をベースに「“無理なく”人を動かす方法」を語ったのが、最注目のリーダー本『チームが自然に生まれ変わる』だ。
部下を厳しく「管理」することなく、それでも「圧倒的な成果」を上げ続けるには、どんな「発想転換」がリーダーに求められているのだろうか? 同書の内容を一部再構成してお届けする。

「1億円が当たっても貧乏になる人」の脳内では何が起きている?Photo: Adobe Stock

「やるぞ!」と思えた昨晩はなんだったのか…

 自分が本当にやりたいWant toに出合えたとき、人は感動を覚える。

 その瞬間、たとえ明確なゴールがまだ見えていないとしても、「現状の外側」に向けて歩を進めるためのエネルギーが生まれるはずだ。

 なかには、これだけでHave toの軛がかなり外れてしまう人もいる。

 そうなると、現状に引き戻そうとする力がほとんど働かなくなるので、Want to実現に向けた圧倒的な行動変容が生まれることすらある。

 しかしながら、ほとんどの場合、そんなにうまくはいかない。

 たとえば、集中的なセッションを通じて、その人の価値観にこびりついているHave toを徹底的に剝ぎ取り、本音中の本音で「やりたい!」と言えるようなWant toを取り出せば、それだけでも人はかなりの充実感を抱くことができるだろう。

 人前にもかかわらず、涙を流して喜ぶ人も一定数いるくらいだ。

 だが、よほど優れたメンターが手取り足取り丁寧にガイドしないかぎり、これだけで内部モデルの変更が起こることはまずない。

 放っておけば、熱狂はその場かぎりのものに終わるだろう。

 翌日には何もなかったように満員電車に揺られて会社に行き、朝9時から無表情でカタカタとキーボードを叩いているという人がほとんどだ。

 客観的に見れば、ゾッとするような光景だ。

 昨晩のあの涙はなんだったのか。感激した様子で「私はこれからは自分に正直に生きていきます!」と宣言していたのに……。

 他方、人の行動や認知のメカニズムについてすでに学んだわれわれにとっては、この人の振る舞いは不思議でもなんでもない。

 人の行動は、外的刺激に対して内部モデルが情報処理を加えた結果として生まれる。

 外的刺激も内部モデルも変わらないなら、当然、行動も変わらない。

 だから、昨日までと同じ行動を取り続ける。それだけのことだ。

「会社に行かなければならない」「9時からデスクで仕事をしなければならない」などの膨大なHave toにまみれた世界のほうが、その人の内部モデルにとっては圧倒的にリアルなのだ。

「Have toを洗い出し、真のWant toに気づく」だけでは、人の認知のモデルはまず変わらない。

 臨場感を抱く世界も変わらないから、行動変容も起こらない。

太っているのは、
“太っている自分”が快適だから

 では、なぜ外的刺激の情報処理を担う「内部モデル」は、容易に変えられないのだろうか?

 われわれの心には「元に戻ろうとする力」、つまり、一種のホメオスタシスが作用するからだ。

 生理学や神経科学などで語られるホメオスタシスは、生物における恒常性の維持機能を指している。

 人の身体は暑さを感じると汗をかいて体温を下げようとするし、寒さを感じたときには震えることで熱を出し、体温を上げようとする。

 人間の生命維持に最適な「平熱」を守るべく、脳が自動的に働いて、さまざまな指令を出すようにわれわれの身体はできているわけだ。

 これと同様、われわれの心にも「現状(Status quo)からの逸脱を妨げようとする機能」がある。

 いわば心理的ホメオスタシスとでも呼ぶべきものだ。

 実際、認知科学の領域においても、ホメオスタシスをモデル化しようとする研究は存在している。

 卑近なところで言えば、ダイエット後のリバウンドは、このモデルを使えばかなり整合的に説明できるだろう。

 心理的ホメオスタシスとは、「変わりたくないと思う無意識」そのものだ。

 これがあるかぎり、いくら外的刺激を与えても、人は「これまでどおりの日常」へと無意識のうちに戻っていこうとする。

 より居心地のいい現状は、コーチングや人材開発などの文脈では「コンフォートゾーン」と呼ばれたりもする。

 頭では「変わらないといけない」とわかっているのに、ほとんどの人が変われないのは、ホメオスタシスが強烈に働き、コンフォートゾーンへと引き戻されるからなのだ。

 たとえば年収300万円の人が、ある日、宝くじに当たって1億円を得たとしよう。

 大金をつかんだ当人は、意識レベルでは「やった!」と大喜びをしている。

 だが、彼の無意識はそうではない。彼にとってのコンフォートゾーンは年収300万円の状態であり、いきなり1億円が手元にある環境は決して心地いいとは言えないからだ。

 その結果、元の生活水準へ戻ろうとする強烈な心理的ホメオスタシスが働く。

 ここでよく起こるのが無計画な出費である。彼が無邪気に豪勢な生活を楽しんでいる背後では、暴れ回る無意識が「バカげた浪費をせよ!」との指令を繰り返している。

 その結果、彼はめでたく(?)元の年収300万円の生活に戻っていくわけだ。

 なお、こうした作用が働くのは、個人だけではない。

 組織においても心理的ホメオスタシスと類似した力学が存在する。

 たとえば、長い歴史を持った企業の底流には「前例主義」や「現状維持」といった強烈な慣性が働きやすくなる。

 だからこそ、こうした企業で組織変革を行おうとすると、「変わりたくない!」というものすごい拒否反応が起こる。これは個人のケース以上に厄介だ。