12月14日にトヨタが発表した「バッテリーEV戦略」に国内が湧いた。これまで独自の「全方位戦略」が理解されず、EVに否定的でカーボンニュートラルに消極的な企業のレッテルを貼られていたが、16台ものBEVの発売計画を発表し、そのイメージを翻したからだ。
効果はてき面だったようで、発表翌日の株価は100円近く値上がりした(12月21日現在、値を戻している)。それまで、カーボンニュートラルはEUと中国の陰謀、BEVは日本のHV潰し、再エネはベースロードたりえないエネルギーリスク、電力供給が破綻すると、日本こそ世界の現実解とトヨタ、ひいては日本の擁護に腐心していたメディアは、すぐさま「見たかEU。これがトヨタだ」と日本を代表する企業を持ち上げた。
見事な手のひら返しだが、もちろんメディアやジャーナリスト・評論家が機を読んで論旨替えするのは今に始まったことではない。むしろ平常運転だ。トヨタもそれを見越した発表であり、予定調和といっていいだろう。そして当のトヨタにとってもこれは戦略変更でもなければ手のひら返しでもない。(ITジャーナリスト・ライター 中尾真二)
BEV市場を取りに来たトヨタ
トヨタのようにリソースが潤沢な業界トップの基本戦略は、創出よりも改善だ。自ら何かを生み出すリスクは極力避け、先駆者たちの死体の山ができた頃にそれを後ろから乗り越え、一部の成功者が見えたころ、ライバルの平均値を超える製品を投入して市場の覇者になることだ。もちろん、このスキームを成功させるには、それまでの市場動向をつぶさに追い、先駆者たちの技術と同等またはそれを超える技術を持ち続ける必要がある。世界中の自動車メーカーの中でも、トヨタにしかできない芸当といえるだろう。
したがって、今回のBEV戦略も例外ではない。豊田章男社長も発表会で明言しているように、全方位戦略、つまりHV、PHEV、FCV、バイオフューエル車、水素燃焼エンジン車など、ニーズがあるもの、可能性が残るものについては製造・研究開発が続けられる。BEV販売目標350万台、投資規模で4兆円(FCVやその他次世代車と合わせると8兆円)の投資計画、レクサスのBEVブランド化も、単にトヨタが機が熟したと判断しBEV市場を取りに来ただけだ。
6台のBEVの意味
今回の発表でもっとも重要だったのは、章男社長のオープニングスピーチのあとにアンベールされた16台のBEVモデルだ。それまで、トヨタがあらゆる手を尽くして自社のカーボンニュートラル政策やCO2削減への貢献を叫んでも、世界は反応しなかった。それはなぜか。市場は、正論が欲しいのではない。なにをしているのかわかりやすい実例を欲しているのだ。
これまでのトヨタのように、説明すればわかる、正義は必ず報われる、は理想だが、現実はそう甘くはない。グローバル社会では、ナーバスな主張や正論は理解されても相手を納得させることはできない。必要なのは相手に見せられる何かである。16台のBEVはみごとにその形を示した。
トヨタはこの発表ができるまで、入念な準備を行ってきたに違いない。市場は温まった。車両プラットフォーム、生産ライン、バッテリー調達、製品ラインナップもOKとなった。まさに満を持しての発表だったわけだ。これによって、欧米トヨタディーラーは車両を売りやすくなったと安心しているのではないだろうか。消費者というのは勝手なもので、各社が新型BEVを拡充させている所にそれに乗り遅れているメーカーがあれば、自分はBEVを買う気がなくても「なんだBEV作ってないのか」となりがちだ。これが全てとは言わないが市場とはそういうものである。