『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍を手がけるライター・編集者の斎藤哲也氏。「独学」が欠かせない職業柄、斎藤氏は『独学大全』をどう読んだのか? 今回は、同業者、そしてライター志望者に向けて、本書の活用法を語ってもらった。(取材・構成/藤田美菜子)
「意志の力」に頼らずに学ぶ極意
――斎藤さんは発売当初から『独学大全』を高く評価されていますが、この本のどのような点に惹かれましたか?
斎藤哲也(以下、斎藤):勉強術や独学の本って、それまでも結構いろいろ出ていたと思うんです。でもやっぱり『独学大全』を読んで「おっ」と思ったのは、冒頭から二重過程説の話が出てくるところですね。
ヒトには無意識的な「システム1」と、意識的な「システム2」が備わっているというのが二重過程説です。このシステム1というのは非常に動物的な部分であり、そこにわれわれの脆弱性がある。
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端的に言うと、人間の意思ってそんなに強いものじゃないんだよということを前提にしたうえで、ではどのように独学に取り組めばいいのかという工夫が随所に散りばめられているのが、『独学大全』の大きな特徴だと思います。
例えば、他人に「いついつまでにこれをやる」と宣言することでモチベーションにつなげるという「コミットメントレター」(技法13)なども、自分の意思の弱さを補完するための工夫のひとつですよね。
独学というものは、えてして「意思の力」と結びつけられがちですが、なるべく意思の力を使わないで済むような環境やしくみをどうつくっていくか。その点に踏み込んで書かれているところが、すばらしいなと思いました。
『独学大全』を完コピしてはいけない
――斎藤さんはもともと教育業界(Z会)のご出身ですが、大人・子ども限らず、「意志の弱さ」という課題は、あらゆる勉強の根底にあるということでしょうか?
斎藤:モチベーション面のサポートをどうすればいいのかということについては、教育業界は相当に悩んでいると思いますね。
リアルな対面であれば、先生とのコミュニケーションが何かしらの動機づけになることもあるでしょう。しかし、通信添削のようなものだとなかなか続かない。実際、通信添削ってびっくりするくらい答案の返送率が低いんですよ。
内容がやさしければ返送率が高いというわけでもなくて、付録や副教材が充実しているほど、それを手にしただけで「勉強したつもり」になってしまうという話を聞いたこともあります。
――その意味では、独学のしくみも懇切丁寧すぎると、それを知っただけで満足してしまう部分があるのかもしれませんね。
斎藤:そうですね。だから、一番危険なのは『独学大全』に書かれていることを全部やろうとすることじゃないかと思います。
「これを全部やって、最速で読書猿になるぞ」などと思ってしまうと、独学そのものに挫折しかねない。やはり、そこから自分に何が必要かということを取捨選択して、半分はセルフメイドでつくっていく感覚が必要だと思います。
ライター志望者必読「8章 資料を探し出す」「9章 知識への扉を使う」
――斎藤さんと同じ「ライター」を志望する人に向けたお話も伺っていきたいのですが、『独学大全』の中で、特にライターという仕事に役立つと感じられた部分はありましたか?
斎藤:チャプターでいえば、まずは第8章の「資料を探し出す」ための方法を述べた部分ですね。
検索って、単純にキーワードを打ち込めば済む話ではなくて、本当に「技術」がモノを言うんですよ。ここに書かれている手法だと、「文献たぐりよせ」(技法21)という、ある1冊の本がどんな文献を引用しているかとか、参考文献に何を使っているかというところから、別の本にジャンプするというものがあります。これは、僕自身いつもやっていますし、ライターとしては知っておいたほうがいい技法だと思います。
レファレンスツールの選び方を紹介した、第9章の「知識への扉を使う」もすばらしい。
ある分野について学ぼうとするときに、その分野の古典や代表的名著に直接あたるよりも、大学で使うレベルの「教科書」を読んだほうがいいというのは、意外と忘れられがちな視点ではないでしょうか。そういう具体的なアドバイスが充実しているので、ライター志望者はこの2章を読むだけでもお釣りがくると思います。
ライターの仕事は「独学」
――斎藤さんが取材や執筆で未知のテーマに取り組むときは、どのように「独学」しているのですか?
斎藤:専門家や研究者にインタビューする場合は、その人が新しく出した本が話題になって取材する……というパターンが大半です。しかし、その本だけ読んで取材に臨んでも、あまり大したことは聞けないというか、表層的なインタビューで終わってしまいがちです。
なので、その人がこれまでに書いてきた別の本や、できれば論文レベルの著作にも目を通すようにはしていますね。さらに、そのテーマに関連した別の文献にも当たっておく。『独学大全』にも「点の読書から線の読書、面の読書へ」というフレーズが出てきますが、他の文献とのつながりを介して新たに得られる視点は少なくありません。
それを「独学」という言葉で意識したことはなかったのですが、『独学大全』を読んで、ライターという仕事の中には独学の要素がふんだんに入っているのだなということに、改めて気づかされました。
――事前のリサーチも、掘り下げていけばきりがないですよね。「最低限、これだけはやっておく」というような目安はありますか?
斎藤:インタビューに臨むときは、自分の中でいくつか「問い」を持っておくことが大切です。
『独学大全』にも「問読」(技法36)という手法が紹介されていますが、一方的に書物や資料に書かれている内容をインプットするのではなく、そこから創意工夫のある問いをどれだけ引き出せるか。「このくらい問いを持っていけば、面白い話が聞けそうだ」という手応えを得られるまで、準備には時間をかけますね。
インプットした内容をそのまま聞き出すというか、確認するだけのインタビューなら、それこそAIに任せれば済む時代になりつつあります。人にしかできない「対話」を意識することが、今後ライターにとってはますます重要になっていくでしょう。
「書かなければ気づかない」こともある
――そうしたライターならではの発想や勉強の手法が、一般の人にも役立つ場面はあるでしょうか?
斎藤:「ものを書く」という行為自体、誰にとっても役に立つと言えるのではないでしょうか。
ものを書くということは、自分の言いたいことをそのまま文字にするということではありません。書きながら「こんなことを自分は考えていたのか」と気付かされることはしょっちゅうですし、他人から聞いた話を書くにしても、聞いたときにはよくわかっていなかったことが改めて理解できたり、反対に理解したと思っていたことがまったくわかっていなかったことを思い知らされたりする。書くことによって自分が変容する部分がとても大きいのです。
そんなふうに、ライターというのはいろいろな意味で「他者性」と隣合わせになった仕事です。書くことが一種のリフレクションになるというか、書かなければ気づかなかったであろうことに気づくことができる。こうした気づきは、ライターに限らず多くの人に学びをもたらしてくれるだろうと思います。
1971年生まれ。ライター・編集者
人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』(NHK出版新書)、『読解 評論文キーワード』(筑摩書房)、監修・編集に『哲学用語図鑑』(田中正人著・プレジデント社)など。原稿構成を手がけた本に『おとなの教養』(池上彰・NHK出版新書)、『言語が消滅する前に』(國分功一郎、千葉雅也・幻冬舎新書)ほか多数。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティ、「不識塾」師範も務めている。