スティーブ・ジョブズ氏Photo:Justin Sullivan/gettyimages

米アップルの共同創業者であるスティーブ・ジョブズ氏は、果物を中心とした菜食主義者だったことでも知られる。そんな彼の逸話を振り返ると、ステレオタイプな思い込みを捨て去る大切さに思い至る。その教訓は、あらゆる言葉や人物、物事に当てはまる。(イトモス研究所所長 小倉健一)

スティーブ・ジョブズ氏と菜食主義
偏見や思い込みを捨て去ろう

 もはやベジタリアン(菜食主義)やヴィーガン(完全菜食主義)という言葉を一度も聞いたことのない人は少ないだろう。

 1940年代に英国で提唱された「動物(魚・昆虫などあらゆる生き物を含む)を人間の生活のために搾取しない」という動物愛護の精神に基づいたライフスタイルである。一般的な菜食主義は肉や魚を食べないのに加え、ヴィーガンは卵・乳製品・はちみつも食べない。

 2022年1月現在、提唱国・英国は、世界のヴィーガン市場を牽引している。英国のマクドナルドでは全店で植物肉バーガー「マックプラント」を販売しており、バーガーキングはこのほど植物肉ナゲット「ヴィーガンナゲット」の販売を開始した。

 英国ビーガン協会の調べでは、ビーガン人口は19年時点で60万人(英国民の1.21%)と、14年から4倍に増えた。新型コロナウイルス禍のためその後の統計はないが、英比較サイト「finder」の調査によると160万人がヴィーガンとされており、肉を含まない食事を取る人口は720万人にも上っているのだ。

 英国のヴィーガンの流行は、日本企業にもその影響を与えている。うま味を感じるグアニル酸を多量に含む「干しシイタケ」は、欧米人にとって「肉厚な食感とうま味は、肉を食べたような満足感を得られる」という。

 その結果、干しシイタケの生産量が全国で最も多い大分では、価格が中国産しいたけの3〜4倍あるにもかかわらず、欧州向けの輸出が伸びている。大分県椎茸農業協同組合によれば、20年度の輸出量は約3.3トンだ。日本経済新聞の記事『国産の干しシイタケ、欧米に浸透 ビーガンに刺さる』によると、そのうち英国やオランダ、フランスなど欧州向けが1.1トンと最も多いという。そしてその輸出量は増えている。

 肉や魚など動物性の食べ物を植物性の素材で再現する代替食品も続々と開発された。大豆で作った「肉」であるソイミートをはじめ、他の素材を使用した「チーズ」や「アイス」、さらに「刺身」まで登場した。

 味も栄養価も元の素材に限りなく近づけられている。例えば植物性の卵として話題となった、海藻が主な原料の「ヴィーガンエッグ」は食物繊維が豊富だ。鉄分やヨウ素、亜鉛、ビタミンAなどの栄養素を含む一方でコレステロールはゼロ。卵より低カロリーな点が魅力なのだという。

 多くの著名人が「菜食主義宣言」や「ヴィーガン宣言」をする中で、私たちは「生き物を殺さない」菜食主義者に対して、「相手のことを思いやってあげられる究極の自己犠牲」「優しそう」「穏やかでめったに怒らなそう」という人格を想像しがちだ。実際、そういう人もいるのだろうが、そうでもない人もいる。

 そこで今回取り上げるのは、かの有名なスティーブ・ジョブズ氏(1955〜2011)。世界トップクラスの多国籍テクノロジー企業となった米アップルの共同創業者である彼は、果物を中心とする徹底した菜食主義者だったことでも知られる。ひも解いていくと、そこにはわれわれの“偏見”とはかけ離れた、激情家の姿があった。