「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

現地を視察した日本人全員が呆れ果てた「ミャンマーのロヒンギャ問題」Photo: Adobe Stock

ロヒンギャ問題の根深さ

 今、世界で起きている非人道的な民族問題のなかで、ロヒンギャ族の問題はウイグル問題などと並んで最大級のものです。

 私は2019年に視察のためにミャンマーを訪れ、現地の政府関係者、メディア、ビジネスパーソンにインタビューを試みました。

 その際、議論を重ねるほどに、全員が一貫してロヒンギャ問題を矮小化しようとしていることに愕然としました。

 ロヒンギャはイスラム教の少数民族で、ミャンマーに80万人、バングラデシュに40万人ほどといわれますが正確な数字はわかっていません。

 国籍が明確でなく各地に居住している点などは、ヨーロッパにおけるロマに似たところもあります。

 ミャンマーは現在7割がビルマ族ですが、多民族国家です。いくつかの王国を経てイギリスの植民地となりますが、1948年に独立を果たします。ところが政情が安定せず、1962年に軍事クーデターが勃発。

 軍事政権が「ビルマ型社会主義」を掲げたために、マイノリティが否定されます。9割を占める仏教徒に対して少数派のイスラム教徒であるロヒンギャは、不法滞在者として迫害されるようになったのです。

 ロヒンギャの人たちは、軍事政権に対抗して民主化を求めるアウンサンスーチーを支持しましたが、これが軍の逆鱗に触れていっそう弾圧されます。

 90年代には30万人といわれるロヒンギャが活路を求めてバングラデシュを目指しますが、バングラデシュは受け入れを拒絶し、ミャンマーに強制送還します。

 するとミャンマーは「バングラデシュからの不法移民だ」「国籍を持たない彼らは自国民でない」とし、ロヒンギャを難民キャンプに収容しました。

 ロヒンギャの一部は武装勢力となってミャンマー軍と衝突、死者も出ています。タイやマレーシアなど周辺国からも受け入れを拒まれ、ロヒンギャは行き場をなくしたままです。

 世界の視点からいうと、一つの民族を無国籍者にするというのは、明らかに民族差別であり、許しがたい人道問題です。

 ところが私がインタビューしたミャンマーの人たちは、「国籍もない不法移民を追い払うのは当然でしょう。ものは盗むし、彼らの略奪的な行為は酷いものだ」といって憚らず、「欧米のメディアは間違っている」とまで断言します。

 ミャンマー訪問の際、同行していた日本のビジネスパーソンが、「日本企業はみなミャンマーに関心がありますが、ロヒンギャ問題がこれほど大きくなると投資は躊躇しますよ」といっても、ミャンマー側は反論します。

「ロヒンギャという民族は我が国に存在しませんから、問題も存在しません」
「ミャンマーは多民族国家で、シャン族、カレン族、モン族がいます。だから、私たちは民族で差別することはない」

 視察団のみなが呆れていましたが、これがミャンマーの人々の見解のようです。彼らの話を聞いていて、私はインドのカーストと似ていると感じました。

 初対面のインド人は、「インドにカーストはあるけれど、差別はない」といいますが、だんだん親しくなってくると「いや、実はカースト差別は残っていて」という話が出てきます。

 しかし、ロヒンギャ問題は単なる差別感情を超えています。イスラム原理主義ならぬ仏教原理主義であるため、宗教問題も絡みあっていっそう問題は深刻化し膠着しています。

 言語と並び、宗教は民族を構成する大きな要素です。ロヒンギャ問題は、その宗教が他民族を否定することに使われている、許しがたい実例ではないでしょうか。

 2021年2月には、国軍のクーデターにより、ノーベル平和賞受賞者にもかかわらずアウンサンスーチー国家顧問が拘束され、民主化運動は大きな転機を迎えました。

 今でも拘束状態が続いており、解決の糸口が見えていません。反国軍の動きと特定の民族が結びつく可能性もあり、今後の展開は予断を許しませんが、民族問題という不安定さが政治の不安定さを生んでいる実情に目を光らせていくべきでしょう。