「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

学んだ知識を「知っている人」と「識っている人」の決定的な1つの違いPhoto: Adobe Stock

文脈を読みとる力が「知る」と「識る」を分ける

 このところ日本でもよく用いられている「コンテクスト」(context)という言葉があります。一般に「文脈」と訳されますが、「その事象・発言・出来事の、背景や状況または前後関係をあらわす」という意味であることを、ご存じの方も多いでしょう。

 たとえば、アメリカのネット記事を読んでいて、こんな一文があったとします。

「それはまるで子ども時代の金曜日の夕飯のように、特別なものだった」

 中学生でもわかる簡単な文章ですが、コンテクストを読み取らなければ本当の意味は理解できません。そこで、この「特別なもの」は何を指すのか考えてみましょう。

「特別なものは、子どもの頃の家庭の味で、それがなつかしいのだろう」

 こんな風に表面的な解釈で終わらせてしまう人は、まったく文章を読み解いていることになりません。「英語の理解=文章の理解」とはいえないのです。

特別なものって、家庭の温かさという意味かな?」
「うちが家族揃って夕食をとるのは日曜日で、『サザエさん』を見ながらだった。ところで、なんで金曜日なんだろう? 私は塾があったし、親は土日を前に仕事を片づけていたのか、帰りが遅かった」

 もしもこのような疑問を抱けるのであれば、あなたは理解を深めていける土台があります。そして世界のビジネスエリートはみな、この一文にあるコンテクストを読み取り、まずはこう解釈します。

「金曜日に家族揃って特別な夕飯をとったなら、この筆者はユダヤ人なのだろう」

 ユダヤ教にはシャバットと呼ばれる安息日があります。旧約聖書(ユダヤ教徒にとっては、「聖書」)によれば安息日は、「神は天地を創造し、7日目に休みをとった」という日。土曜日が安息日であるユダヤ教徒の場合、金曜日の日没から土曜日の日没までいっさいの労働が禁じられています。

 ユダヤ人が人口の74%を占めるイスラエルは、多くの会社、電車やバス、銀行もお休みです。「灯りをつけることも労働だ」というのがユダヤ教の厳密な解釈なので、敬虔なユダヤ教徒たちは、いまだにキャンドルを灯して家族揃って安息日の食卓を囲みますし、スマホもオフ。

「調理も労働にあたる」とされているので、おいしいディナーは作り置きのできるサラダやスープ、煮込み料理が中心です。テレビを見ながらなどありえない!

 家族が楽しく語らうひとときではありますが、神聖なものです。

 したがって、この一文のコンテクストを読み取るなら、「特別なもの」とは、「子ども時代の安息日の食事のように、静かで厳かだが伝統的かつ家族的な雰囲気」となるでしょう。

「子ども時代」と書いてあるので、「この記事を書いた人はユダヤ系アメリカ人で、今はそれほど宗教的な儀式を守っていないのかもしれない」とも解釈できます。

 それも、「アメリカのユダヤ人は、イスラエルのユダヤ人ほど厳格なユダヤ教徒ではない場合が多い」というコンテクストを読み取る力があるかどうかで変わってきます。

「情報格差」が小さくなった時代に必要な力

 今やスマホ一つで、ありとあらゆる情報を瞬時にたやすく手に入れることができます。国内外のニュースは当然のこと、学術論文でさえGoogle Scholarでチェック可能です。

 英語をはじめとする他言語で書いてあったとしても、AIは今後ますます翻訳の精度を上げ、「語学には自信がない」という人でも活用できるようになるでしょう。

 みんなが等しく情報に接することができるフラットな世界だからこそ、同じ情報を受け取った時に、コンテクストを読める人と読めない人では、情報の質と量が変わってくるーー私にはそう感じられるのです。

 コンテクストには「空気を読む」といった意味合いもあります。文章にはっきりとは書かれていない、言葉には出さないけれどそこに含まれている背景、それがコンテクストです。文化や価値観を共有していれば、コンテクストを理解することができます。

 たとえば「サザエさん」と聞いた時、「ほのぼのとした家庭」と連想するのは、そこに日本人が共有する文化や価値観があるからです。「1969年から放送が続いている変わらない大家族の物語」をほとんどの日本人が知っているから、「家族、古き良き日本、日曜日が終わってしまう仄かな憂鬱」みたいなコンテクストを読み取れます。

 コンテクストを理解するためには、その人が持つ文化や価値観、つまり「民族」について学ぶ必要があるのです。