SNSが誕生した時期に思春期を迎え、SNSの隆盛とともに青春時代を過ごし、そして就職して大人になった、いわゆる「ゆとり世代」。彼らにとって、ネット上で誰かから常に見られている、常に評価されているということは「常識」である。それ故、この世代にとって、「承認欲求」というのは極めて厄介な大問題であるという。それは日本だけの現象ではない。海外でもやはり、フェイスブックやインスタグラムで飾った自分を表現することに明け暮れ、そのプレッシャーから病んでしまっている若者が増殖しているという。初の著書である『私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)で承認欲求との8年に及ぶ闘いを描いた川代紗生さんもその一人だ。「承認欲求」とは果たして何なのか? 現代社会に蠢く新たな病について考察する。
あの頃の私は、「人から愛されること」に飢えていた
好きな人のために料理をするのが異常に好きなときがあった。大学生の頃だったと思う。20歳になるかならないか、そのくらいのときだった。
私はそこまで恋愛慣れしていなくて(今もたいしてしてないけれど)、何をどうしたら相手の気を引けるのか、駆け引きをするにはどうしたらいいかとか、相手にぞっこんになってもらうにはどうしたらいいかとか、そんなことばかり考えていた。いかんせん素直だったから、巷で人気の恋愛マニュアル本を読み漁り、ネットで「彼氏 好き 特徴」などのワードで検索をして出てきたまとめ記事などを鵜呑みにしていた。今考えるとアホだったなと思うのだけれど、そのときは必死だったのだ。とにかくあの頃の私は、「人から愛されること」に飢えていた。誰かから無償の愛情を注がれたいと願っていた。とにかく自分のことを好きで好きでたまらない人に出会いたかった。
だから、その恋愛本に「男心を掴みたかったら、まずは胃袋を掴め」と書いてあったときには、真剣に料理をしようと思った。私は料理上手にならなければならない。相手の胃袋をぐっと掴んで二度と離さないくらいの腕前になれれば、相手は私から離れることはなくなるはずだ。
もはやここまでくると「重い女」を通り越して「研究者」である。何をしたら好きになってもらえるか? 何をしたら喜ぶか? 実験と実践を繰り返すことによってデータを集め、彼氏に大切にしてもらえる方法を模索した。
だから、彼氏には様々な料理を作って振る舞った。しょうが焼き、煮物、鍋、ハンバーグなどの定番ものが多かった。カルパッチョだのパスタだのテリーヌだの、おしゃれな見栄えのいいものは作らなかった。「普通の家庭料理をささっと作れるのがいい女」だとマニュアル本に書いてあったからだ。真面目な私はそうやって確実に彼氏の胃袋を掴み始めているはずだった。彼氏もおいしい、と言ってくれた。それは嘘をついている目ではないように思えた。私の料理を本気でおいしいと思ってくれているのだ。
そうやって料理を振る舞うことは増えたものの、とはいえ決定打に欠けるような気がした。確実に彼の胃袋を、心を掴めていないような気がしたのだ。たしかに彼は私の料理を好きだと言ってくれている。けれども、本気で私のことを好きだとは言ってくれていない。そんな感じ。
あともう一歩、何かが足りない。何だろう、何がいけないんだろう、と思った。
普通すぎるのだろうか? 私が彼に振る舞っている料理は、あるいは普通すぎるのかもしれなかった。たしかにおいしい。自分でもおいしいと感じる。けれども、彼を「本気」にさせられているかというと、どうも違うようだった。
たとえば恋愛において、性欲と愛情のあいだに壁があるとすれば、その壁を乗り越えられていないような気がした。男女の関係として、動物として、彼は私を好きでいてくれているかもしれない。けれども、それは人間としての愛着だったり、相手を愛おしいと思ったり、大切にしたいと思う気持ちとは別物のような気がした。
その壁を越えたい。そして、壁を越えるにはきっと、決定打が必要なのだ。
そのとき作ろうと思ったのが、本格的なカレーだった。
カレーを好きな人は多いし、実際その彼もカレーが好きだと言っていた。みんなが好きなカレー。簡単で誰でも作れるというイメージがあるカレー。もし、万能なイメージのあるカレーにおいて、ほかの女の子と差別化できるのだとすれば、大きなアドバンテージになると思った。それが決定打になるような気がした。
私はカレーを作ることにした。スパイスから作るのなんてもちろんはじめてだったが、様々、調べたり、人に聞いたりするうちに自分なりのレシピが出来上がっていった。
ターメリック、コリアンダー、クミン、パプリカ、レッドペッパー。しょうがとにんにくをバターに絡めると、とてつもなくいい香りがした。バターチキンカレーなんて作るのははじめてだったけれど、何度か失敗を繰り返すうちに、自分が作ったとは思えないほどおいしいものが出来上がった。これなら誰にでも自信を持って提供できる。たとえ彼の母親に「お前の得意料理を食わせろ、それでお前が嫁に相応しいかどうか判断してやる」とかなんとか言われたとしても胸を張って出せると思えるほどだった。
「マジでうまい」と彼は言った。こんなにおいしいカレー、食べたことないよ、と。数日分まとめて作っておいたのに、それも完食してしまった。私は嬉しかった。これで大丈夫だと思った。心と心が繋がったような気がした。彼が私に愛着を持ってくれるようになる、と思った。