生きづらい人生から抜け出せない理由

そのとき私は(そんなわけはないのだが)この言葉は私を待っていたんじゃないかと思った。すぐさまメモに取って、そして本を閉じた。しばらくその言葉について考えようと決め、電気を消してベッドに深く潜り込んだ。

私がこの言葉を見つけたんじゃない。

この言葉が私を見つけてくれたのだと思った。

頭がおかしいと思うかもしれないけれど、それが私の直感だった。

この言葉は私と出合う瞬間をずっと待ち受けていたのだ。

潜在意識にひそんでいた卑怯な私を。他人の人生を完璧に真似することで、お手軽な幸せを手に入れようと、ずるい考えを持っていた私を。

見つけて、指摘してくれたのだ。

グローバル人材、就活、一流企業、福利厚生、安定した暮らし、年収1000万、ハイスペック。
これまで自分が重視していた単語たちが頭に浮かんでは消えた。

お手軽だ。
あまりにもお手軽すぎる。

私の幸せの形はすでに出来上がっていて、それを完璧にトレースしさえすれば私は確実に幸せになれると思い込んでいた。でも留学生活を続けているうちに気がついたのだ。そんな簡単なものはどこにもない。

ないんだよ。どこにも。あればよかったんだけどさ。

今でもよく思い出す。本当に思い出すのだ。意思の弱い私はつい、お手軽な幸せに逃げたくなってしまうから。幸せっていうやつが綺麗な銀色のお盆に乗せられて、さあどうぞと執事が運んできてくれるんじゃないかという期待を、今でもつい抱いてしまうのだ。

「生きづらさ」という言葉を最近、よく耳にする。私自身も「生きづらいな」と感じることがよくある。うまく周囲に溶け込めていないような違和感、もどかしさ。なんとか置いていかれないように、自分の居場所を見失わないように頑張っているはずなのに、走り続けているうちになんだか疲れてヘトヘトになって、気がつけば、暗い海の底に取り残されているような息苦しさを感じるのだ。

その原因は何なんだろうとずっと考えていたけれど、おそらくは、「他人の人生を完璧に生きること」に力を注いでいるからなのだろう。

私たちが生きていかなきゃならないのは、「他人の人生」のサンプルが次から次へと流れてくる時代だ。

仕事も恋愛も結婚も生き様も、食べ方も子育ての仕方も、ちょっとした言葉の使い方も、人生の哲学まで、「あなたはこういう考え方をした方が幸せになれますよ」とご丁寧にサンプルが並べられている。

「さあ、どれがいいですか?」
「あなたはどれを選びますか?」
と、そいつらは私たちの目の前にずいと身を乗り出してくる。

そんな、あまりにたくさんの選択肢を提示されると、私はつい、こう思ってしまうのだ。

この中から、一つ、自分に一番しっくりくるものを選ばなくちゃ、と。

でも、違うんだよ。そうじゃない。答えは「自分に一番しっくりくるものを選ばなくちゃ」じゃなくて、「どれも選ばなくていい」なんだ。

何か一つを選んでしまったら、それを完璧に真似することが人生の目的になってしまう。でもそれを続けていたって、結局その人の劣化コピーになることしかできない。

不完全でもいい。下手くそでもいい。
自分の力で道を選ぼう。

だから負けそうになったとき、この言葉を思い出すようにしている。おまじないみたいに、唱えるのだ。ストーリーは覚えていないけど、この言葉だけはきっと一生、忘れることはないだろうと思う。

本を読んでいると、そういう運命的な「言葉との出会い」がときどきある。だから私は本を読むのをやめられないのだ。

自分がエッセイを書くようになり、人に読んでもらう機会も増えた今、自分の紡ぐ言葉たちも、どれか一つでも誰かの心に刺さってくれたらいいなと願う。たとえ私が書いたこと全部を覚えていなかったとしても、「そういえばあんな言葉あったなあ」とときどき思い出してくれるような、ふっと視界が開けるような言葉との出会いを提供したいなと願う。

たとえそれが完璧に美しい言葉遣いでなかったとしても、不恰好だったとしても。
自分だけの言葉で自分だけの人生を切り開いていけたらいいなと、そう願う。

“It’s better to live your own life imperfectly than to imitate someone else’s perfectly.”

不完全でも自分の人生を生きるほうが、他人の人生を完璧に真似するよりずっといい。

【引用】
Elizabeth Gilbert(2006)Eat, Pray, Love: One Woman's Search for Everything Across Italy, India and Indonesia:Riverhead Books

人生が「生きづらすぎる人」に共通するたった一つの思い込み川代紗生(かわしろ・さき)
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。
2014年からWEB天狼院書店で書き始めたブログ「川代ノート」が人気を得る。
「福岡天狼院」店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。
メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。
現在はフリーランスライターとしても活動中。
私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)がデビュー作。